『ウイルスと外交 メディカル・インテリジェンスの舞台裏 (扶桑社新書)』2020/9/2
古閑 比斗志 (著)

 外務省医務官として、モンゴル、ホンジュラス、上海、アフガニスタン、マイアミなどへ赴任し、その後、横浜、関西空港、東京の検疫所で検疫官を務めた古閑さんが、国境を越えてくるウイルスへの対処や、公衆衛生や邦人保護について語ってくれる本で、内容は次の通りです。
第1章 武漢コロナウイルス拡大と感染症の歴史
第2章 核、生物・化学兵器をめぐる世界の力学
第3章 ポリティカルな存在「WHO」の功罪
第4章 国家的危機管理と〝メディカル・インテリジェンス″
第5章 外務省医務官の使命
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 2020年、世界中が新型コロナウイルス(COVID-19)に翻弄されています。この新型コロナウイルスは集団免疫の獲得も難しく、ワクチンが開発されるまで流行が止まらないと推測されています。このような地球規模の大厄災には、国を越え、人類の英知と総力を結集して立ち向かう必要があります。この本は、感染症の歴史や化学兵器などについて説明してくれるだけでなく、「病もグローバル化した時代には、人々の健康も「外交」と無関係ではいられない」ことを考えさせてくれます。
 個人的に最も参考になったのは、「第4章 国家的危機管理と〝メディカル・インテリジェンス″」。医療分野でも、危機管理のための情報収集が大切だと言うのです。
「危機はいつどこで発生するかわからない。危機の発生事前に予防することと、発生した危機にどう対処するかが重要であり、危機管理にはまさにこの両軸が必要となる。危機管理は安全保障と表裏一体であり、密接な関係がある。リスクマネジメントにしても、クライシスマネジメントにしても、何をおいても重要なのは情報だ。」
「「生命や健康に広範かつ重大な危害が生じる、または生じるおそれがある緊急の事態」を、「健康危機」という。感染症のほか、高度経済成長期に激化した公害、サリドマイドやHIV、C型肝炎などの薬害、噴火、地震、津波、台風、洪水なども健康危機に定義される。
こうした健康危機に対して、どう対処していくのかの第一歩となるのが、「サーベイランス」だ。サーベイランスとは調査監視のことで、感染症の場合、感染症などの疾病の派生状況や変化を継続的に監視し、対策のためのデータを系統立てて収集・分析する。(中略)バイオテロはいつ、どこからどう入ってきたのかわからない。天然痘ウイルスのテロが起こったのが海外だとしても、感染者が日本に入ってくるかもしれない。水痘などその他の感染症の自然発生と区別が難しく、また、潜伏期間がある。新型コロナウイルスが気づけば世界中に広がっていたように、密やかに拡大して大きな被害を出す。感染症サーベイランスは、バイオテロの検知にも有効なのだ。」
 そしてこの感染症サーベイランスについて、日本を含め世界は、アメリカのCDCに大きく依存しているそうです。
「CDCはとても頼りになる存在ではあるが、あくまでアメリカの組織であり、アメリカの国益が絡むことは否めない。」
 日本の感染症サーベイランスは、次のような状況にあるようです。
「日本の感染症サーベイランスシステムとして動いているのが「感染症発生動向調査」である。感染症の発生について、現場の医師から速やかに情報を吸い上げるためのシステムだ。」
「社会や健康を維持するためには、人的資源と予算が不可欠だ。ましてや有事には莫大な労力と予算が必要であり、それは平時から準備しておかなければならない。感染症の蔓延よる社会的ダメージを経験して、日本政府は日本版CDCを作るといっている。しかし、まずは足元を固めるため、予算と人員を削られ続けてきた保健所機能を強化すべきではなかろうか。」
 ……なるほど。将来的には日本版CDCを作った方がいいとは思いますが、まずは保健所機能を強化することから始めるのが現実的かもしれませんね。
 そして「第5章 外務省医務官の使命」では、外務省医務官の仕事の概要や、古閑さんが実際にどんな仕事をしてきたのかの紹介がありました。
「医務官は、世界各国にある在外公館に配置される医務を担当する職員だ。医師でありつつ、外交官の身分を有して働く。」そうで、健康管理医として現地に駐在する在外公館の職員やその家族の健康管理、さらに在留邦人や旅行者の健康相談や、駐在国やその周辺国の医療事情調査も担っているようです。治安が悪い国や、災害直後など、すごく危険で悲惨な過酷な環境で、医療の仕事や情報収集を行っていることに驚きました。そんな中で、古閑さんは自らの判断で外国の人々とコンタクトを取ったり、積極的に働きかけたりしていて、本当に凄い人だなーと感心させられました。
「(医務官の)領域を大きく外れたこともやってきたのは、頼まれたら断れないというか、頼まれなくても突っ込んでいく私の性格ゆえだが、せっかく医師という専門スキルをもって異国の地にいるのである。知識・技術を活かしてできることはいろいろある。そんな思いがあり、専門官時代に医務官制度改革を試みた。
供与されたワクチンを法人に対して医務官が打つことが認められるなど、医務官の仕事の範囲を広げるところまでに至ったが、いちばんの目的であった「医務官管理室」の開設をなしとげることはできなかった。」
 ……こんなふうに自ら積極的に動いてくれる古閑さんのような方が、地道に少しずつ世の中を良くしてくれてきたんですね。とても有難いことだと思います。
 感染症の歴史や外務省医務官の仕事を教えてくれるとともに、医療ウイルスと外交について考えさせてくれる本でした。ぜひ読んでみて下さい。
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