『カルノー・熱機関の研究 【新装版】』2020/7/11
サヂ・カルノー (著), 広重 徹(解説) (その他), 広重 徹 (翻訳)

 熱力学の基礎を築いた「カルノーの原理」で有名なカルノーさんの唯一の論文『熱の動力についての考察』ならびに『数学、物理学その他についての覚書』の完訳です。訳者の広重さんの詳しい解説と、カルノーの弟さんによる小伝も収録されています。
 広重さんの「はしがき」には次のように書いてありました。
「Sadi Carnotの仕事が注目されるのは、まず第一に、その物理学(熱力学)への貢献の大きさと、複雑な実際問題のなかから最も本質的な関係を抽出して理論を構成してゆく手腕の見事さとによる。しかし、こんにちとくに彼が注目をひくのは、それに加えて、Carnotの熱機関研究こそ産業時代の科学の始まりであり、かつ見事な典型だからである。科学が技術と本格的に結びつき、そのことの結果として今日われわれがみるような内容と形式をそなえた科学が形成されたのは、ほぼ19世紀中葉のことであり、Carnotの研究はその最も早い大きな成果であった。そしてまたCarnotその人が、産業時代の科学をになうにふさわしい資質と性向と思想の持主であった。」
 この本では、科学史上でも価値の高いカルノーさんの論文と覚書(遺された研究ノート)の完訳を読むことができるだけでなく、訳者の広重さんによる「カルノーの研究が科学・技術の歴史の中に占める位置に焦点をあてた、熱力学の歴史的背景についての解説」がすごく充実した内容で、この部分を読めただけでも勉強になった……と感じるほどでした。
 カルノーさんの論文についても、分かりやすいまとめが書いてありますので、その部分の一部を以下に紹介させていただきます。
「カルノーはその理論的考察の基礎に、熱量の保存と永久機関不可能の二つの原理をおいた。(中略)カルノーはまず、水力とのアナロジーに訴えながら、高温物体から低温物体へ熱が移動するときには必ず動力を発生させうること、したがって、動力の発生をともなわない熱の移動--たとえば湿度の異なる物体を接触させたときの熱伝導--は必然的に動力の損失であることを指摘する。こうして、驚くべき簡明・直截なやり方で熱機関の効率を最大にするための条件が定式化された。ついでカルノーは、この条件をみたす理想機関としていわゆるカルノー・サイクルを提示し、二つのカルノー・サイクルを逆向きに結合した系に永久機関不可能の原理を適用して、熱機関の基本定理--それはやがて熱力学第二法則の基礎となる--をうちたてた。すなわち、理想的な熱機関の効率(移動した熱素の量に対する発生した動力の比)は、作業物質のいかんを問わず、高温物体と低温物体の温度だけできまる。この結論は19世紀後半以来しばしば、“カルノーの原理”と呼ばれてきた。
 次にカルノーはこの原理を利用して、気体の熱的性質についての理論を展開する。(中略)さて、カルノーが示したのは、(1)等温的な体積変化のさいに気体が放出あるいは吸収する熱量は、気体の種類によらず、始めと終わりの体積の比だけで決まる、(2)体積あたりの定圧および定積比熱の差はすべての気体において同一、(3)気体の等温体積変化が幾何級数的であれば、吸収あるいは放出される熱量は算術級数をなす、(4)重量あたりの定積比熱の、気体の体積変化にともなう変化は、前後の体積の比だけで決まる、(5)定圧比熱と定積比熱の差は気体の密度によらない、ということであった。彼はさらに、これらの結果を使って断熱変化のさいの温度と体積の関係を導いている。その断熱変化の式および上記の(4)の結論は、熱素説のもたらす誤りのために正しくない。残りの結果は正しいけれども、そのあるものは、二つの誤りが打ち消しあったための正しさである。」
 カルノーさんの論文の一部は、ある論文の間違った結論を使ってしまったことで、間違っていたようです。そのドラローシュ=ベラールの結論についても広重さんは解説しています。
「彼らはたった二つの測定値から、重量当たりの比熱は圧力が増大すれば減少するという間違った結論をくだし(理想気体なら不変のはず)、それが広く受け容れられることになった。カルノーもその議論の重要な個所で、このドラローシュ=ベラールの結論を使っている。」
 このドラローシュとベラールの共著論文は、気体の比熱の精密で信頼できる測定をはじめて行うなど価値が高いもので、当時、広く受け入れられたものだったのだとか。
 とても意外だったのは、カルノーさんのこの論文(『考察』)が「出版後ほとんどなんの反響もよばなかった。」ということ! 10年後、技術者のクライペイロンさんが注目し、さらにその10年後、これが物理学者トムソンさんの目にとまったことで、最終的にクラウジウスさんとトムソンさんによって、カルノーの原理を基にした熱力学の基礎が構築されることになったそうです。
「熱力学第一、第二から出発すれば、あらゆる熱現象を包括し、内部に矛盾のない理論体系を展開することができる」
 またカルノーさんがどんな人だったのかを知るヒントとして、弟イッポリートさんによる伝記も読むことが出来ました。それによると、カルノーさんは次のような動機で論文を書いていたようです。
「かれは、この(火の)動力を利用する機関の理論がいかに発達していないかを知った。機関の構造に加えられた改良は、手探りとほとんど偶然とによってなされたものであることを認めた。かれは、この重要な技術を経験的な道から脱出させて科学のレベルまで高めるためには、熱による動力の生産という現象を、特定の機構や作業物質から独立に、もっとも一般的な見地にたって研究する必要があるということを理解した。かれの書物の思想はざっとこのようであった。」
 カルノーさんはとても真面目な研究者だったようです。
 カルノーさんの画期的な研究が発表された唯一の論文『熱の動力についての考察』を読めるとともに、熱力学に関する歴史的経緯の概要を学ぶことが出来る本でした。とても勉強になったのですが、欲を言えば、せっかく2020年に「新装版」として出し直しているのだから、1973年の初版当時の広重さんの解説だけでなく、1970年代から2020年までの新しい知見も追加した「新しい解説」も収録して欲しかったと思います。熱力学に詳しくない一般人としては、現代ではすでに「間違っていた」ことが判明していることが本書の中に混じっていても、気が付かないまま読み進めてしまうことになるので……。
 1973年に出版された『カルノー・熱機関の研究』の新装版です。いろんな意味で、とても勉強になる本なので、熱力学や物理学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください☆
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