『自衛隊心理教官と考える 心は鍛えられるのか──レジリエンス・リカバリー・マインドフルネス』2020/5/20
藤原 俊通 (著), 内野 小百合 (著), 佐々木 敦 (著), 田中 敏志 (著), & 1 その他

 自衛隊という強くあることが求められる組織で、長年心理教官として活動してきた藤原さんたちが、「心は鍛えられるのか」をテーマにまとめた本です。しなやかに、したたかに生きるためのヒントがたくさん詰まっています。
 現代社会に生きる私たちは、日々さまざまなストレスにさらされています。そんな状況だからこそ、誰もがストレスに勝つ方法を模索し、ストレスに負けない心を鍛えたいと思っているのではないでしょうか。
 この本では、自衛隊でメンタルヘルスに取り組んできた方たちの考える「心の強さ」について知ることが出来ます。2部構成になっていて、第1部では「ストレスとその反応及び対処法」「社会の求める心の強さとそれによる問題」「4つの事例」「心の強さの定義」を、第二部では、「災害派遣における自衛隊員のレジリエンス」「精神疾患の回復過程と心の強さ」「心の強さの両価性と二重拘束」「心の強さを手に入れるための方法(マインドフルネスなど)」が述べられていて、どれもとても読み応えがあり、参考になりました。
 しかも最後の「第10章 心は鍛えられるのか」には、この本全体のまとめがありますので、時間がない方は、とりあえずこの章を読んでみることで、内容の概要を知ることも出来ると思います。
 過酷な環境(戦場や災害現場)での素早い活動(戦闘・救助)が、組織的に求められる自衛隊のメンタルヘルスなので、軍隊的な組織特有の問題もありましたが、それも含めて、一般のビジネス現場でもすごく参考になる話を多数読むことが出来ました。
「軍隊という組織では個々の兵士は組織の一員として、与えられた命令に即座に反応しなければならない。そのために軍隊では、同じ行動を何度も繰り返し訓練する。与えられた指示に即座にそして無条件に反応し、周囲と同じ行動がとれるようになることは、結果として集団内での被暗示性を高めることにもつながる。」
 軍隊組織特有の状況のなかで、「コンバットストレス」が発生してしまうのです。そしてこのコンバットストレス反応の対処は、「できるだけ戦域内で行う」べきなのだとか。惨事ストレスで傷ついた兵士は、「すぐには後送せず、できるだけ戦域内で短期間の休息と十分な栄養を与える。(中略)一時的な反応が現れているだけで、まだ戦える兵士として扱うのである。このように対処することで兵士が自信を失い、仲間から引き離されることがないようにするのである。」のだそうです。「仲間のなかで回復させる」というのが重要な時もあるのだな、と痛感させられました。
「米軍では、環境変化に迅速に適応する能力、すなわち即応性こそが組織として求める中核にあることがわかる。そして即応性とは単に早く戦場に移動することではなく、戦場の過酷な環境下でも速やかに適応し実力を発揮できることを意味している。さらに戦場から自国の安全な環境に帰還した際には、速やかに環境の変化に適応し家庭生活を含めた穏やかな日常を送ることが重要である。」
「心の強さ」とは、「個人の要因として存在するのではなく、周囲の環境との相互作用を含めた総合的かつ複数の要素で構成される概念として存在する。そしてそれはストレスを跳ね返す強さだけではなく、受け流すしなやかさと受け入れるしたたかさを併せ持つ強靭さ」なのでしょう。
 この本は、自らが「心を鍛える」努力をすることを教えてくれるだけでなく、周囲がどう対応すべきかをも教えてくれます。職場で上司や管理者として働いている方にとっては、とても参考になるのではないでしょうか。
 実は「メンタルヘルスに対する職場のスタンス」には、次のように、一見、相反する立場が求められるようです。
1)日頃からレジリエンス(ストレスに直面しても、耐え回復し成長する能力)を高めることにより、精神的な不調に陥ることがないようにせよ(メッセージA:自ら頑張れ)
2)隊員同士の互助に努め、立場の相違に関わりなく何でも話し合える関係を構築するとともに、メンタルヘルスの専門家を含む各種相談窓口を積極的に活用するように(メッセージB:時には周囲に助けを求めてもいいのだぞ)
 ……この矛盾するような二つのメッセージを両方とも発信し続けることが大切で、これら両極端のようなアンビヴァレンスがあること自体を、人間社会として「自然なこと」と受け止めておくことが大事なのだろうと思わされました。
 この本では、いつも心に留めていきたい、素晴らしい言葉をたくさん見つけることが出来ました。
「非常時に際して、自分はどう関わり了解し、行動するのかについて自分の内部感覚に耳を澄ませながら決定していくことが大切であること」
「人生において悪いことも良いことも、ただ人生の一部にすぎないことに気づき自分の人生を作り上げていく主導性をもつことが大切であること」
「強くあれという欲求と弱音を吐いてもよいという許しの間にある不安定な葛藤状態を受け入れることが強さの本質であること」
「強さを個ではなく集団としてとらえることの大切さ」
「心の強さとは、自分の内面を尊重し、ありのままの自分を受け入れる勇気」
 ……身体の健康、好ましい生活習慣、良好な人間関係、何事もやり遂げる自信……これらを自らの中に育みつつ、周囲の人々と時には支えられ、そして支える関係を作り維持する、そんな「しなやかに、したたかに」生きることが大切なのでしょう。
 さて、この本の終わりに著者の方が「ヘミングウェイが教えてくれた「小説を書き続けるコツ」」を紹介してくれましたが、このコツは、「頑張りすぎて精神的にきつい」状態にある人にとって、すごく心に響くと思いますので、最後に紹介させていただきます。
「創作の井戸をからからに涸れさせず、まだ井戸の底に水が残っている段階でいったん切り上げて、夜のあいだにまた泉から注ぐ水で井戸が満たされるようにする」
 毎晩、少し余力と余韻(心残り)がある状態で仕事を終わりにする……すごく現実的に参考になるコツですね。私自身も心掛けたいと思います。
「心は鍛えられるのか」
 人間の心はとても複雑なもので、さまざまな状況のなかで、それぞれ違った対応を求められるものだから、単純に「心の鍛え方はこうすればいい」と教えられるものではない、ということを痛感させられるとともに、とても参考になることを、たくさん読ませていただきました。災害派遣時の自衛隊員のストレス状況などの事例も、とても感動的でした(涙が出そうになりました)。
 メンタルヘルスに関わる仕事をしている方はもちろん、一般企業で管理職をしている方にとっても、参考になることが数多くあったと思います。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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