『すごい分子 世界は六角形でできている (ブルーバックス)』2019/1/17
佐藤 健太郎 (著)

 有機化学合成の最前線がよく分かる「六角形の芳香環」への入門書です。
『すごい分子 世界は六角形でできている』というタイトルに惹かれて読んでみたのですが、本をぱらぱら開いてみて、絶句。ベンゼン環の六角形だらけだ……学生時代、化学が好きでベンゼン環の六角形も得意だったのですが……やばい、なんか難しそう……と思わずしりごみしてしまいそうになりました(汗)、でも実際に読んでみたら、意外に分かりやすいので安心しました。
 さて、「化学」の象徴とも言われる六角形の芳香環。身近な物質にも広く存在していますが、カーボンナノチューブやカーボンナノベルト、フラーレンなどのように、最先端の科学でも注目されています。この本は、次のような構成で、芳香環のおどろくべき性質や、それを研究している化学者たちのエピソード、さらには最新動向まで幅広く説明してくれます。
第1章 自然が生み出した「レゴブロック」―芳香族化合物いろいろ
第2章 解き明かされた芳香族性の謎―有機化学の偉人ケクレの大発見
第3章 六角形はどこまでつながるのか?―芳香環をつなぐ
第4章 「六角形」じゃないけれど―トロポノイドとメタロセン
第5章 炭素だけじゃない!―ヘテロ環・5員環の豊かな世界
第6章 巨大な芳香環―ポルフィリンの世界
第7章 有機化合物を組み立てる―芳香族化合物の化学合成
第8章 ナノカーボンの時代―3次元芳香族への飛躍
第9章 芳香族化合物の空間に秘められた機能―空間をデザインする有機化学
第10章 色彩を生み出す合成染料―色彩と芳香族
第11章 光り輝く芳香族分子―有機エレクトロニクスの世界
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「芳香環」は、3組の電子対が環を作っているので、とても安定で変形しにくい正六角形の構造をしています。しかも、とても「作りやすい」のだそうです。
「原子と原子が結びつき合って分子ができる時、他の多くの原子では数個つながるのが限度ですが、炭素同士の結合は何万個つながっても平気なほど頑丈なのです。(中略)電気的に中性である炭素同士はいくらでも長くつながり合い、安定な物質を作ることが可能です。」
 そして生物の体内でも、いろいろな役割を果たしています。
「こうした化合物は、一般に安定ではありますが、裏を返せば化学反応を起こしにくく、変化を受けにくいともいえます。(中略)しかし、そこに酸素や窒素が加わると、分子に電荷の偏りが生じます。具体的には、水に溶けやすくなったり、いろいろな化学反応を受け付けやすくなったりします。(中略)このような性質は、生物が生きていく上で欠かせません。このため、生体の重要な分子は、ほとんど何らかの形で酸素や窒素を含んでいます。酸素と窒素は、分子に個性と反応性を与え、複雑な生命世界の土台を築いている元素だといえます。(中略)今まで知られているあらゆる化合物のうち、有機化合物はなんと約8割を占めます。」
 ……へー、そうなんだ。すごいぞ六角形(芳香環)!
 そして、この本の中で特に面白いと感じたのは、「第8章 ナノカーボンの時代―3次元芳香族への飛躍」以降の「最新動向」。
「19世紀は鉄の時代、20世紀はシリコンの時代、そして21世紀は、炭素の時代だといわれます。」
 ナノグラフェン(数十から数百程度のベンゼン環が縮環した化合物)のうち、リボンのように一定の幅で長く芳香環がつながった「グラフェンナノリボン」は、なんと半導体として働くことが分かっているそうです。もしこれを自在に制御して精密に配置できるなら、集積回路の新しい材料の非常に有力な候補となるのだとか。しかも通常のグラフェンは金属と同じように電気をよく通すそうなので、有機化合物を使った「機械」が、今後どんどん生産されるようになるのかもしれません。著者の佐藤さんは、次のように言っています。
「このように、有機エレクトロニクス材料の研究は日進月歩で進んでおり、我々の身の回りでも活躍の場を広げつつあります。とはいえ、何度か述べているように空気や湿気に弱いものが多いという欠点は残ります。また、分子から分子へ電子が飛び移っていくものであるため、ケイ素半導体などに比べれば動作が遅いというのも、有機物の欠点です。これらをいかに解消していくかが、今後の課題となりそうです。こうした問題の解決も含め、芳香族の化学こそは、有機エレクトロニクス発展のための鍵となっていくことでしょう。」
 美しい六角形の芳香環の世界を、分かりやすく詳しく解説してくれる本でした。化学に興味のある方はぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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