『宇宙創成』2009/1/28
サイモン シン (著), Simon Singh (原著), 青木 薫 (翻訳)

 宇宙はどうやって生まれたのか? 人類最大の謎に迫る有名無名の天才たちの苦闘を描く傑作科学ノンフィクションです。
「宇宙はどうやって生まれたのか?」という問いへの答えとして、現時点で最有力視されているのが「ビッグバン宇宙論」。この理論を初めて知った時には、「ええー! 何もないところから、爆発的に、これだけの大きな宇宙が生まれたって?」と驚き、そんな馬鹿なと感じてしまったことを覚えています。いまだに本当なのだろうかと疑いも抱いているのですが(汗)、興味津々でもあって、「ビッグバン」関連の本もたくさん読んできました。だから、まあ、この本もそのうちの一冊になるのだろうな、とあまり期待してなかったのですが、さすが「難解なものを分かりやすく語ってくれる」ことに定評のあるサイモン・シンさんの本だけあって、「ビッグバン宇宙論」をより深く理解できただけでなく、科学の発展の仕方についても理解(納得)させてくれる素晴らしい科学ノンフィクションでした。
「ビッグバン」が、アインシュタインの一般相対性理論に基づく重力理論で予言されたものだということは知っていましたが、この本は、創世神話からプトレマイオス、コペルニクスにケプラー、ガリレオらを経て、アインシュタインへと至り、さらにその先のルメートル、フリードマン、ハッブル、ガモフ、アルファー、ホイルなどの研究の積み重ねで、「ビッグバン宇宙論」が出来上がってきた長い長い歴史を、分かりやすく教えてくれるので、「ああ! そういうことだったのか!」と新たな発見もあり、読み終わった時には、ビッグバンを深く知ることが出来た(気がする)という知的な満足感に満たされました。
 もっとも「宇宙はどうやって生まれたのか?」「宇宙はどのようなものか?」については、「ビッグバン宇宙論」だけでなく「定常宇宙論」など他の理論もあり、現在でも完全に解明されているわけではありません。現時点では、観測データなども「ビッグバン宇宙論」に有利な情報が多いというだけで、今後、さらに修正される可能性は大いにあるようです。
 また「定常宇宙論」側からの知見が、「ビッグバン宇宙論」に取り込まれ、より高みへと押し上げる原動力の一つとなったことも書いてあり、さまざまな方向から問題の解明に取り組むことが、科学を発展させてきたのだなあ、とあらためて痛感させられました。
 歴史的には、宗教や政治、戦争が科学の発展を阻害してきたこともあったようです。
「ビッグバン以前はどうなっていたのか?」についての解は、いまだに出ていないようですが、「量子宇宙論」から引き出される仮説によれば、宇宙はとくに何の理由もなく、どこからともなく現れてもよいそうです(笑)。個人的には、それも気楽で(?)いいな、と思いますが、他の宇宙(?)が理由もなく綻んで、そこから何かが勢いよく噴出してきた(ビッグバン)……っていう方がイメージしやすい気もします。もしかしたら、綻みたいなブラックホールの先に、新しい宇宙が……。
 さて、この本のエピローグを、シンさんは、哲学者アウグスティヌスが聞いたという問答で締めくくっています。
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Q:神は天地創造以前に何をしていたのか?

A:神は天地創造以前に、そういう質問をするあなたのような人間のために、地獄を作っておられたのだ。
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 シンさんは、この問答で、「ビッグバン以前のことは、科学的に答えは出ていない」ことをユーモア交じりに暗示したようですが、訳者の青木さんの訳者あとがきによると、このアウグスティヌスの言葉には、続けて、「わたしはそのような答えを与えようとは思わない。洞察することと笑殺することとはまったく別である。わたしはそのような答えを与えようとは思わない。わたしは神秘を究明したものを嘲笑し、虚偽を答えたものを称賛するような答えを与えるよりはむしろ知らないことは知らないと答えよう。」とあるそうで、実際には、これを「間違った問答の例」として挙げたようです(シンさんも正しく紹介しています)。でも、やっぱり、この本のエピローグとして、面白くて含蓄深い問答だと思うので、ここで紹介させていただきました。
 そして「ビッグバン以前はどうなっていたのか?」については、今後もずっと科学的に答えが出るような気がしないので、「神は天地創造以前に、そういう質問をするあなたのような人間のために、神自身(ビッグバンのきっかけとなるもの)を作っておられたのだ。」っていう答えもありかな、とちょっと思ってしまいまいたが(笑)、そういう(未解明のことを「神様寄り」に持ち込んでいく)誘惑をカトリック教会も感じたのか、本書の中では、カトリック教会のピウス十二世が、ビッグバンへの支持を表明したことが記されていました。
 ところが、ビッグバン・モデルの創始者の一人で、物理学者であると同時に聖職者でもあるルメートルさんは、「信仰と科学を同時に論じてはならない」と考えているようです。神は人間に探究する心を与え給うたのであり、科学的宇宙論を暖かく見守ってくださっていると同時に、物理学は宗教ときっぱり切り離されるべきでもあるのだとか。……確かに、そうですよね(反省)。科学はこれからも、宗教や政治とは切り離されているべきだと思いますし、科学者が互いに論争しあい事実(データ)に基づいて検証しあって自由に発展していくことで、より良い社会を築いていくことに貢献できるのだろう思います。(なお、カトリック教会も、現在は、もっぱら霊的世界の問題を扱い、自然界を説明する仕事は科学に任せる、という賢明な立場をとっているようです。)
 とても面白くて、知的好奇心を満足させてくれる本でした。分かりやすく説明されているとはいえ専門用語は多いので、宇宙論に詳しくない方にとっては、読みにくいかもしれませんが、すごく勉強になると思います。すでに宇宙論には詳しい方にとっても、いままでの知見を概観(俯瞰)できて、自分の知識を整理することに役に立つのではないでしょうか。
 素晴らしい科学ノンフィクションです。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
 なお、私が読んだのは単行本版の『ビッグバン宇宙論(2006)』でしたが、この本には『宇宙創成』と改題した、より新しい文庫本版がありますので、ここでは文庫本版を紹介しています。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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