『敗者の生命史38億年』2019/3/7
稲垣栄洋 (著)

「38億年に及ぶとされる悠久の生命の歴史の中では、最終的に生き残ったのは常に敗者の方であった。そして、その敗者たちによって、生命の歴史が作られてきたのである。」……敗者の生き残り戦術とともに、地球と生命の歴史を教えてくれる本です。
 地球はずっと現在と同じ環境にあったわけではなく、まったく違う環境の時代が何度もありました。現在は地球の温暖化が懸念されていますが、かつて地球は何度か「全球凍結(スノーボール)」を経験し、この大きな変化と過酷な環境が生命を著しく進化させてきたのだとか。この本には、次のような記述がありました。
「この全球凍結は、地球上のすべての生命を滅ぼすほどの、大きな環境の変化であった。しかし、多くの生命が滅びた中で、いくつかの生命は深い海の底や地中深くで、しぶとく生き延びた。そして、この大事件の後に、ミトコンドリアを飲み込み、共存する道を選んだ真核生物が登場するのである。」
「じつはこのアーキアこそが、私たち人間の祖先である。アーキアの仲間が、核を持ち、真核生物となり、ミトコンドリアや葉緑体の祖先を取り込んで、華々しい進化を遂げていくのだ。私たちの祖先となるアーキアは、自ら栄養分を作りだすことができず、他の単細胞生物を食べる従属栄養生物だったと考えられている。一方、取り込まれたミトコンドリアや葉緑体の祖先は、真正細菌であるバクテリアの仲間である。私たちの細胞は、古細菌(アーキア)と真正細菌(バクテリア)との、コラボレーションによって生まれたのである。」
「(大氷河期の)この時期には、地球の気温がマイナス五〇度にまで下がった。全球凍結によって、地球上の生命の多くは滅びてしまった。しかし、このとき命のリレーをつないだのが、深海や地中深くに追いやられていた生命だったのである。こうして地球に異変が起こり、生命の絶滅の危機が訪れるたびに、命をつないだのは、繁栄していた生命ではなく、僻地に追いやられていた生命だったのである。」
 生き残ったのは敗者の方だった、というのは、そういう意味だったんですね。
 この本は、生命たちのたどった38億年の歴史的経過を、とても分かりやすく教えてくれます。例えば、植物細胞と動物細胞の生き残り戦略の違いは、次のようなものだそうです。
「葉緑体を手に入れた植物細胞は、太陽の光で光合成を行うことができるから、動く必要がない。光さえあれば良いのだから、動き回って無駄にエネルギーを使うよりも、光が十分当たるところに腰を据えた方がいい。そして、光を浴びやすいように、細胞を並べて構造物を作った方が良い。そこで、植物細胞は、しっかりとした構造を築くために、細胞壁を作った。
 また、植物は動かないので、病原菌から逃げることができない。細胞壁は、防衛力を高めることにも貢献する。そのため、動物細胞には細胞壁がないが、植物細胞は細胞壁を持つのである。(中略)(その一方で、)生物は動き回る積極的な戦略を選択した。つまり、防御するのではなく、まわりのものを積極的に取り入れて消化する。そして、有害なものがあれば、代謝・分解して、排出するのである。このように、まわりと積極的に物質をやり取りするのであれば、細胞壁はない方が良い。これが動物の祖先なのである。」
 そして生命の生き残りの鍵は、次のようなところにあるようです。
「捕食者から身を守るために、生物はさまざまなアイデアで防御手段を発達させた。ある者は固い殻に身を包み、ある者は鋭いトゲで捕食者を威嚇する。すると、今度は捕食者が、それを打ち破るために強力な武器を手に入れる。そして、その捕食者から身を守るために、弱い生物はさらに防御手段を発達させる。この繰り返しによって、生物は急速に進化を遂げていったのだ。攻める者と、守る者のせめぎ合い。まさに軍拡競争である。」
「弱者であった魚は、川という新天地を求め、そしてその後、大いに進化をしていった。しかし、無敵の王者であったサメは、自らを変える必要がない。そして、現在でもその古い型を維持しているのだ。」
 この他にも、「進化のスピードを上げる」「他の生物と共生する」「優れた感覚(視覚、聴覚、嗅覚)をもつ」「胎生」「知性」など、さまざまな戦略・戦術が紹介されていました。
「すべての生物は、オンリー1であり、ナンバー1でもあるのである。地球のどこかにニッチを見出すことができた生物は生き残り、ニッチを見つけることができなかった生物は滅んでいった。自然界はニッチをめぐる争いなのである。」
「勝者は生き残ると言っても、戦いが激しければ勝者にもダメージはある。あるいは、戦いにばかりエネルギーを費やしていると、環境の変化など降りかかる逆境を克服するエネルギーまで奪われてしまう。そのため、できる限り「戦わない」というのが、生物の戦略の一つになる。」
 ……敗者がいかに生き残ってきたかを中心に、生命の歴史を分かりやすく概観できる入門書でした。この他にも、地球にたくさんの酸素が生まれたわけ(シアノバクテリアによる光合成)、有毒のはずの酸素を利用する微生物(ミトコンドリア)の誕生、このミトコンドリアを取り込んだ細胞、さらにシアノバクテリア(葉緑素)を取り込んだ細胞など、興味深い話が満載です。生命の歴史に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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