『遺伝子‐親密なる人類史‐ 上』2018/2/6
シッダールタ ムカジー (著), Siddhartha Mukherjee (著), 仲野 徹 (監修), & 1 その他
『遺伝子‐親密なる人類史‐ 下』2018/2/6
シッダールタ ムカジー (著), Siddhartha Mukherjee (著), 仲野 徹 (監修), & 1 その他

 科学の歴史上、最も強力かつ危険な概念のひとつである「遺伝子」……21世紀の最重要分野となった遺伝子研究の歴史と現状を教えてくれる本です。
「遺伝子研究の歴史」というと、なんか難しそうで読み進めるのが大変そうですが、この本は、なんと著者のムカジーさんの家族的な悲劇の話から始まります。ムカジーさんは『がん‐4000年の歴史‐』でピュリッツァー賞に輝いた医学者という輝かしい経歴の持ち主ですが、実は、父親の兄弟二人が精神疾患で亡くなるという「遺伝子的不安」を抱えているのです。だからこそ、この本はただの専門知識満載の「遺伝子」の本というだけではなく、「私たち自身」の問題でもあるような気持ちで、どんどん読み進めていけました。
「遺伝子研究」の歴史は、19世紀後半のメンデルの実験の話から始まります。今でこそ日本の教科書でも教えられるほど有名なエンドウマメの遺伝研究ですが、発表当時はほとんど脚光を浴びなかったのだとか。
 このように、「遺伝」研究では欠かすことのできない「メンデルの遺伝の法則」と「ダーウィンの進化論」の歴史的経緯や解説から始まって、ナチス・ドイツが利用した優生学による「民族浄化」という負の遺産、さらに第二次世界大戦後のワトソンさんとクリックさんによるDNA二重らせん構造の発見へと、「遺伝子研究」について古い方から順番に丁寧に概観していくことで、「遺伝子」の仕組みをじっくりと復習することが出来たような気がします。
 そして「遺伝子」が発見された後は、いよいよ「解読」の時代、さらに「編集」へと、「遺伝子研究」は急速に進んでいきます。
 遺伝子の組み換えやクローニングなど、急激な研究の進展に危機感を覚えた科学者たちは、1975年に米アシロマに集い、研究のモラトリアム(一時中断)を決めました(科学者が自発的に、自分たち自身を規制するような倫理的な会議を行うのは、とても珍しいことだそうです)。
 その解禁後、人間の全遺伝情報を秘めた「ヒトゲノム」の解読競争に、世界中の科学者と企業がしのぎを削り、2000年にはヒトゲノム解読が発表されました。
 その一方で、DNA塩基配列の変化によらない後天的な遺伝現象を解明するエピジェネティクス研究も進み、山中伸弥さんたちによるiPS細胞の作製が「遺伝子治療」に希望の光を与えてくれました。
 そして今、ジェニファー・ダウドナさんたちが開発した新技術「クリスパー/キャス9」により、人類はついに、自らの設計図を望み通りに書き換えられる「ゲノム編集」の時代を迎えています。
 古い負の遺産「優生学」は、「着床前診断」という「新しい優生学」に姿を変えて姿を現しています。「着床前診断」は、「胎児」になる前の遺伝子診断なので、古い優生学とはもちろんまったく違いますが、やはり遺伝子管理であり、次世代の遺伝子を改良する「優生学」なのだそうです。……それでも、家系的な遺伝病があることが分かっていて、生まれてくる子どもが明らかに遺伝病に苦しめられることが事前に分かるならば……より良い遺伝子の子どもを選べる可能性にすがりつきたくなるのは人情ではないでしょうか。
 そして……すでに現在を生きている私たち自身の遺伝子情報も、書き換えることで病気の治療が出来るようになるとしたら、やはり遺伝子書き換えを選んでしまうのでしょう。
 1987年3月に血友病の治療のため、遺伝子組み換え技術を使った臨床実験が始まりました。その結果、治療は成功したそうです。
「結局のところ、人類に大混乱をもたらしたのは「天然の」病原菌のほうであり、ヒトの遺伝子を細菌に挿入し、ハムスター細胞でタンパク質をつくるという奇妙な遺伝子クローニングの技術こそが、人間の医薬品を製造するための最も安全な方法である可能性が高いことが判明したのだ。」
 遺伝子書き換えは私たち人間に、どんな未来を運んでくるのか?
 遠い未来まで見通せない私自身は、遺伝子書き換え技術に不安も感じてしまいますが、倫理的な問題を考慮しつつ、技術の進展で医学や人間の能力がより良い方向に進むことを期待したいと思います。
 たくさんの知識が詰まっている上に、上下二巻と長くて読むのは大変でしたが、遺伝子研究について、総合的に学べるだけでなく、いろいろなことを考えさせてくれる素晴らしい本でした。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆