『サイバー空間を支配する者 21世紀の国家・組織・個人の戦略』2018/8/25
持永 大 (著), 村野 正泰 (著), 土屋 大洋 (著)

 拡大の一途をたどるサイバー空間で、後退する米国、支配力を高める中国。国家だけでなく、企業などの組織、個人がパワーを発揮する、サイバー空間の実態や支配力をめぐる競争の構図について解説してくれる、サイバー空間の地政学のような本です。
 サイバー攻撃、スパイ活動、情報操作、国家による機密・個人情報奪取、フェイクニュース、そしてグーグルを筆頭とするGAFAに象徴される巨大IT企業の台頭……われわれの日常生活や世界の出来事は、もはやサイバー空間を避けて通ることはできなくなっています。サイバー空間はいまや国家戦略、国家運営から産業・企業活動、個人の生活にまで、従来では考えられなかったレベルで大きな影響を及ぼしつつありますが、その規模はGDPでは測れず、実態が不透明な状況にあります。この本はそんなサイバー空間を包括的にとらえ、サイバー空間の行方を決める支配的な要素を広く考察しています。
 例えば、「国家はサイバー空間を支配できるか」に関しては次のような記述がありました。
「利用される機器については、国家が影響力を行使しようとする機器が自国内に存在すれば、さまざまな方法で支配することが可能である。一方、デジタル信号化された情報は表現の自由や通信の秘密によって国内の場合、他者の侵害から保護されることもあれば、国内にない場合は所在の確認すら難しい。(中略)デジタル化された情報を国家が支配できるかは非常に複雑な話題である。」
 サーバーなどの機器の方はある程度支配できても、情報の方は支配が困難だということですね。
 現在、サイバー空間は、経済活動、インフラなど国民生活にも密接に関わりを持っているだけでなく、国家の政策活動、安全保障での重要性も増してきています。明確な国境のないサイバー空間ですが、国境を引こうとする試みが、行われつつあるそうです。この本にも、次のような記述がありました。
「EUや中国におけるデータ流通の規制は、データの重要性を認識した国家がサイバー空間に国境を引こうとする試みのひとつである。」
「2000年以降、米国の影響力は低下し、技術、、産業/政策、数の側面における主導権の多極化が進んでいる。その要因は中国の技術力、経済発展、および米国依存からの脱却であり、EUのプライバシー保護を中心としたデータ保護規制の影響力が多極化を促進している。」
「国際情勢の観点から、米国、中国、EUによって作られるサイバー空間の性質は、1)米国の自由競争型、2)中国の管理強化型、3)EUのようなプライバシーを中心とした管理強化と経済圏の自由競争型に類型化できる。(中略)EUの立場はプライバシーなどの側面からサイバー空間を管理しつつ経済圏の利益を守ろうとする動きであり、日本にも共通点があると考えられる。(中略)価値観を同じくする国々のうち、日本に最も近いのはEUであるといえる。」
 日本は現在、米国と同じような自由競争型のサイバー空間にあるのではないかと思いますが、日本の国民生活は今後ますますサイバー空間への依存を強めていくと予想されるので、今後はEUと同じように「プライバシーなどの側面からサイバー空間を管理しつつ経済圏の利益を守る」方向へ進むべきなのではないかと感じました。
 ところで本書のタイトルが『サイバー空間を支配する者』という、ちょっと刺激的なものだったので、究極的には利益を追求するはずの巨大IT企業「GAFA」の暗躍を暴きだす内容なのかと想像したのですが(汗)、どちらかというと米国、中国の二大国の状況を中心に、欧州などの各国の動きを解説している本でした。
 個人的に、最近、特に強く感じるのは「中国の台頭を警戒している米国」で、2019年5月19日、米国政府の行政命令を元に、GoogleがHuawei向けのソフトウェア出荷を停止し、今後Huawei製品ではGoogle PlayやGmailなどが利用できなくなる見込みだと報道された時には、そこまでやるか! と衝撃を受けました。
 でもこの米国の行政命令、おそらく結果的には、「さらに中国を強くする」ことに役に立つのではないかと予想します。現在は「安くて良質な労働力」を背景に、ハードウェア製造=中国、ソフトウェア覇権=米国の構図があるように思いますが、今後、中国の機器には中国製ソフトウェアが搭載されていくでしょうし、中国の市場の巨大さや技術力から考えると、米国のソフトウェアの覇権は次第に切り崩されていくことになるでしょう。
 そして日本はどうするのか? ですが、日本の場合、サイバー空間上でこの二大国に切り込んでいくなどという前に、大きな問題があるようなのです。この本には次の記述がありました。
「日本の最大の問題点は、その規模が諸外国に比較して著しく貧弱という点にある。例えばサイバーセキュリティに関する政府の予算規模でいえば、日本は米国の40分の1に過ぎない。この予算規模は、米国、中国に次ぐ名目GDP世界3位の国としては非常に小さい。ちなみに国防費の場合、米国はGDPの約3%であるのに対して、日本は約1%であり、こちらも小さい。予算だけでなく、人員規模も劣後している。日本のサイバー防衛隊は110人程度である。サイバー防衛部隊の上位にある指揮通信システム隊や陸・海・空の自衛隊でサイバー関連の任務を担う人員を合わせても470人程度と見られる。一方、米国のアメリカサイバー軍は6000人程度という情報がある。もちろん、予算と人員が多ければよいというものではないが、ここまで大きな差があることには、サイバー空間に対する彼我の認識の違いが明瞭に示されている。」
「日本のサイバー防衛隊は2017年時点で110人であり、2018年には150人となる予定である。しかし日本のサイバー防衛隊は、米軍の任務や展開している範囲、さらに国防予算の規模が違うことや専守防衛という事情を鑑みても、あまりに少ない。」
 ……確かに、あまりにも少ないような気がします。今後、サイバー空間の重要性は増す一方と予想されますので、サイバー防衛に関する人員をもっと増やして欲しいと思います。
 そしてサイバーセキュリティに関しては、もちろん私たち自身も学び、行動する必要があります。この本には次のような記述もありました。
「経済、安全保障、国民生活などで利用されるインフラとなったサイバー空間をすべて国家が守ることは現実的ではなく、国家、組織、個人がそれぞれ自身を守る必要がある。なぜなら、求められるサイバーセキュリティの対策レベルと、それに必要なコストは、それぞれ異なるためである。」
 ……日本の国家的サイバーセキュリティは貧弱な現状にあることを忘れずに、せめて自分にできるサイバーセキュリティ対策を行っていきたいと思います。
 現在のサイバー空間の国際的状況を概観できる本でした。興味のある方は、読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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