『合成生物学の衝撃』2018/4/13
須田 桃子 (著)
コンピュータ上でDNAを設計し、その生物を実際につくってみるという「合成生物学」の実態を紹介してくれるノンフィクションです。
『××の衝撃』というのは、よくあるタイトルですが、この本の内容には、本当に「衝撃」を受けてしまいました。
1995年、マサチューセッツ工科大学のナイトさんは、DARPAから資金を得て、コンピュータ科学研究室内に分子生物学の研究室を設立したそうです。
「ナイトが新しい研究室でやろうとしたのは、もちろん伝統的な生物学を掘り下げることではなく、生物学を「工学化」することだった。つまり、トランジスタとシリコンチップに代えてDNA配列と細菌を用い、設計通りの「生物マシン」を作るのだ。だが、途端に重大な問題に直面する。生物学の世界には、工学では当たり前のようにある「規格化」という概念がなかったのだ。」
……DNAと細菌で、設計書通りの生物マシンを「工学的に」作る! まるでSFの世界の話のようですが、実はすでに「現実」なのです!
この本の表紙の写真にはマリモのような緑の球体がいくつか写っていますが、これはなんと、コンピュータによって設計されたDNAを合成して生まれた人工生命体「ミニマル・セル」なのです!
2010年3月、アメリカのベンダー研究所で、ダニエル・ギブソンさんは前の週の金曜に移植した細胞の培養皿の一つに、明るい青色のコロニーを見つけました。これが「世界初の人工ゲノムを持つ細胞」だったのです。
「再びの試行錯誤の末、チームは安定した分裂に欠かせない数十個の遺伝子群を突き止める。これらを戻したゲノムを合成し、移植すると、果たして細胞は三時間に一個のペースでゆっくりとながら分裂し、増殖していった。ついにミニマル・セルが誕生したのだ。」
私たち人類はいまや、DNAを解読するという方向からの生物学研究だけでなく、新しいDNAを作って「人工生命体」を創り出すという方向からの生物学研究も行っているのです!
この本は、生物学に関する本ですが、専門的(技術的)な部分には深く入り込んでいないので、分かりやすい上に、SFじゃないかと思う程の衝撃的な内容に、どんどん読み進めることが出来ました。
この「合成生物学」がもたらす未来は、果たしてユートピアなのか、ディストピアなのか? 読み進めるうちに、不安と希望がどんどん押し寄せてきます。著者の須田さんは「エピローグ」に、次のように書いています。
「「合成生物学」によって、生命の仕組への理解は確実に進んでいくに違いない。だが、その知識はすぐさま、自然界にいない新たな生物を創り出すことにも使われていくだろう。発想の源泉である工学の本質が、「ものづくり」であることを踏まえれば当然のことだ。
自然の理解と自然への挑戦が合わせ鏡のようになっていて、互いの像を反射しながら先へ先へと進んでいく。それがこの分野だ。だからこそ私は興味を引きつけられ、同時に不安を抱かずにはいられない。その試みの過程で、生命の設計図であるゲノムを書き換えたり、人工ゲノムを持つ生物を作ることが当たり前になっていけば、やがては「生物」の定義自体も変容していくかもしれない、と思うからだ。」
すでに「人工生命体」を創り出すことに成功している以上、いずれは私たちの身近に「人工生命体」が普通に存在する未来が訪れるのかもしれません。もしかしたら最初の人工人間は、地球外、たとえば月に進出するための「月の人」として創られるのかも。月の環境に適応できる細菌や生物のゲノムを組み込む形で、月の過酷な環境にに適応できる人間が「工学的」に創られる……それはユートピアなのでしょうか? それともディストピア? ……どちらとも判断できず、迷ってしまいます。
私がどう感じていようと、今後も「合成生物学」研究はどんどん進められていくのでしょう。そうであれば、この分野が「正しい方向へ向かう」よう、日本人研究者にも積極的に参入して欲しいと思いました。須田さんは、次のように書いています。
「日本では伝統的に醸造・発酵産業が発達している。改変した微生物を用いた物質の生産にかけては独自の技術を持つ企業も多く、合成生物学との親和性は高いという指摘もある。」
とても衝撃的な本でした。あなたは、何を思うでしょうか? ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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