『蜘蛛の糸・杜子春』1968/11/19
芥川 龍之介 (著)

地獄に落ちた男が、やっとのことでつかんだ一条の救いの糸。ところが自分だけが助かりたいというエゴイズムのために、またもや地獄に落ちてしまう、というお話の「蜘蛛の糸」など、少年少女向けに書かれた珠玉の短編がぎっしり詰めこまれた本。収録されている作品は次の通りです。
「蜘蛛の糸」「犬と笛」「蜜柑」「魔術」「杜子春」「アグニの神」「トロッコ」「仙人」「猿蟹合戦」「白」
……子どもの頃に読んだ作品ばかりで懐かしい、と思った方も多いのではないでしょうか。なかでもタイトルになっている「蜘蛛の糸」と「杜子春」の二作は、国語の教科書で取り上げられることも多い超有名作品、久々に読み返しましたが、やっぱり見事な作品だと思いました(……が、残念なことに、「子どもの頃と同じ程度の感想文」しか書けそうにありませんでした……これを読むと、「国語の授業」を思い出してしまうので……汗)。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
ただ……子どもの頃は思わなかったことも、ちょっと心をよぎりました。それは「蜘蛛の糸」に「ありきたりな感想(やっぱ、エゴはいけないよね)」しか抱けないのって、この作品に「共感できる人物」が登場しないからじゃないのかな? ということ。優等生タイプ(エッヘン)の私にとって、地獄にいる悪者カンダタに共感できないのは当然ですが(笑)、なぜか、お釈迦様の方にも共感できないんですよね……カンダタの良いところを思い出して蜘蛛の糸を垂らしてあげた後、カンダタの自業自得で蜘蛛の糸が切れたのを見て……ふうん、そうなったのかーって感じで何事もなく静かに立ち去っていく……「雲の上の偉い人」って、やっぱりそういうものなんだなーという……静かな諦めの境地になったというか……こういう感想を書くと、「国語」ではバッテンなんだろうなー……うん、やっぱり、そういうもんなんだろう……。
えーと、さて、気を取り直して、「トロッコ」についても、ひと言。「トロッコ」は、子どもの頃に読んだ時も、すごくどきどきしましたが、すっかり大人になって読み直しても、やっぱりあの時の気持ちが甦ってきて、すごくどきどきしました。トロッコに乗りたくて乗りたくてたまらなかった子ども(良平)が、いざ乗ることが出来て遠くまで行くと……というちょっと怖い話なのですが、子どもの頃に、多かれ少なかれ、こういう経験をしたことがある人って、意外に多いのではないかと思います。私自身も、ここまで大変な目にあったことはないものの、迷子になったことはありますし、「トロッコ」を読むたびに、幼な心を締めつけた、あのときの緊張感がまざまざと甦ってきて、どきどきしてしまうのでした。トロッコの上の良平の心の変化、心細くて泣きたいのを我慢しながら暗く冷たい線路道を無我夢中で走り続ける子どもの描写、本当に見事だと思います。やっぱり……本当に凄い作家です。
そして、この本に収録されている「蜘蛛の糸」「杜子春」「トロッコ」などの超有名な作品は、「エゴはよくない」「ぼーっと生きようとしては、いけない」「軽はずみなことをすると痛い目に合う」という非常に大事なことを、子どもの心にしっかり刻み込んでくれます。私自身も、これらの短編で刻み込まれたので間違いありません。お子さんに、ぜひ読ませてあげてください☆
追記:なお、解説によると「杜子春」のテーマは、「仙人となって愛苦を超越するより、平凡な人間として愛憎の世界に生き、のどかな生活をする方が、はるかに幸福だ」ということだそうですが……個人的には、「ぼーっと他人の言いなりになったまま、楽に(他人に判断を丸投げして)生きようとしてはダメだよ」という教えの方を強く感じてしまったのでした。まあ、どちらを感じるとしても、子どもの成長には役に立つので問題ないでしょう(笑)。
<Amazon商品リンク>