『小生物語』2007/4/1
乙一 (著)

ミステリー作家・乙一さんの波瀾万丈、奇々怪々にして平穏無事な日常が、独特の「ゆるゆる」な文体で綴られる一六四日間の日記です。
とにかく面白い日記だということを聞きつけて読んでみたのですが、本当に面白い日記でした。もともとネットで書いていた日記がもとになっているそうなので、「自分自身を見つめる」系の日記ではなく、他人に読まれることを想定して書いている日記です。だから安心して(?)笑えました。というか、日記を通して「作家の深い精神性を見つけたい」と考えているような文学研究系の方には、あまりお勧めできない本だと思います。いや……作家の内面みたいなものは、随所に感じられたんですが……かなり自虐ネタ系の方だとか、意外に真面目な人のようだとか……日記には、芸術家の奇矯性を感じさせるものもありましたが、それは虚構ネタのように思えたので……本人はかなりシャイな、どこにでもいそうな普通の人のように思えました。
乙一さんの20代前半の頃の日記なので、全体的には、妄想がちの男子大学生のゆるい日常みたいな感じ。
最初の頃は、本当の日記のように思って読んでいたのですが、しだいに虚実が入り混じってくるのが感じられ、「重い遮光カーテンを取りつけた日の日記」で、遮光カーテンをかけると部屋が突然暗くなり、まるで夜のようになった……の後に起こった出来事に大笑いさせられながらも、思わず「こんなコテコテのギャグがあるか!」とツッコミを入れてしまいました。それでも、「作っている」ことが分かっていながら、遮光カーテンを開けて明るくするとバツの悪そうな顔をして戻ってくるA君の表情が、リアルに想像できてしまう……(笑)。
その後、だいぶ後になって、やっぱりこのA君は創作だったことが明かされますが……、いいの、いいの。面白ければ、それでいいの。所詮は知らない他人の日記なんて、虚実なんて、どうでもいいの。
そして、たまに、「ほう」と感心させられる表現にも出会います。
「表参道まで出向き、「フィリップ・シャンティ・カンパニー」の芝居を見た。指人形の劇だった。おもしろかった。その指人形劇をどのように説明すればいいのかわからないので、ひとまず小生は説明を放棄する。その後、喫茶店でタルトを食べた(後略)」
……この「ひとまず小生は説明を放棄する。」が個人的にツボでした(笑)。この文章、人称が「小生」だからこそ、なんとなく成り立っているんだよなー。
ところで、この「小生」、乙一さんは普段、自分のことを「小生」などとは呼んでいないそうです(いつもは「僕」)。この日記で人称を「小生」にしたのは、「小生」という呼び方を使って、記述上だけに存在する「私ではない日記の書き手」を創造しようと考えたからなのだとか。そして、「それはおもしろ半分の実験だった。結果として予想通りの現象が起こった。「小生」という呼び方で日記を書いているうちに、まるで「小生」がただの人称ではなく、「小生」というキャラクターとして感じられるようになった。」そうです。
なるほど、だから、この「小生物語」は、虚実入り混じった短編集のような日記なのですね。
とにかく不思議で面白い日記(小生物語)でした。乙一さんという方は、「ホラー小説」を書いているイメージがあったので、ホラーが苦手(の割にはスティーブン・キングさんの作品など、ホラー系もすごくたくさん読んでもいるのですが)な私は、実を言うとまだ乙一さんの小説を読んでいませんが、どうやらホラー色が強くない作品も書いているようなので、機会があったら読んでみようかなーと思います。この『小生物語』、ゆるい面白話が好きな方は、ぜひ読んでみてください。
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