『四次元温泉日記』2015/1/7
宮田 珠己 (著)

迷路のような温泉旅館は四次元(異次元)ワンダーランドだった……日本全国の名湯につかる、珍妙湯けむり紀行14篇です。
実を言うと、あまり温泉好きではありません。でもこの本は「面白エッセイスト」宮田さんが書いているので読んでみました。すると……「私は子供のときから風呂嫌いだった。何がイヤといって、まず服を脱ぐのが面倒くさい」……なんと、宮田さんも別に温泉好きではないそうです。旅行に行くなら外で楽しみたい、旅館は夜に休むための場所と思っていたようですが、この頃、少し様子が変わってきたとか。
「というのは、最近何もしたくないのである。」
「いろんなことが面倒くさい。」
温泉なら、ずっと宿にいてもいいのではないか……ということで、この本のテーマは「温泉めぐり」。しかも迷路好きの宮田さんの好みにあう「迷路のような宿」だそうです(笑)。廻ったのは、次の通り。料金がわりと安くて、迷路になった構造や面白いお風呂のある宿ばかりだとか。
「三朝温泉K旅館」、「伊勢A旅館と湯の峰温泉」、「奥那須K温泉」、「四万温泉S館」、「花巻南温泉峡」、「秋田H温泉とねぶた見物」、「微温湯温泉と東鳴子温泉T旅館」、「瀬見温泉K楼」、「伊豆長岡温泉N荘」、「湯河原U屋旅館」、「別府鉄輪温泉Y荘」、「九州湯めぐり行」、「地獄谷温泉と渋温泉K屋」、「下呂温泉Y館」
宮田さんに同行するのは温泉好きのおっさん二人。宿につくなり「みそぎ」と称して温泉に入りに行く篠さん、「湯がぬめっとしているのがいい」という紋さん。
温泉のお湯の清潔さが気になる宮田さんに、「温泉は地面から湧き出してるものなんだから、もともと汚れているんですよ」と篠さんが言えば、紋さんも「少しぐらい体汚れていないと、体洗ってむき身で温泉入ると、きついことがあるんだよ」と篠さんに加勢する……ええ? 温泉って、お風呂とは違うの? ほぼ宮田さんと同じ考えだった私は、この本を読んで温泉に対する考え方ががらっと変わりました。温泉は「お風呂」ではないのです。温泉は「癒し」。……考えてみると古くからの「湯治場」は、もともと医療的な効能を目当てに入るものですよね。なるほど……と温泉への理解は進みましたが、やっぱり温泉を楽しむ旅は、もっと年老いてからでいいや、と思いました。まだまだ旅行は、外を歩き回って楽しみたいですから(笑)。
そして「迷路のような温泉旅館」に関しては、小さいながらも写真や、宮田さんによる館内案内(イメージ図)などが掲載されていて興味深かったです。いつもだったら、「ゲ! なんだこの分かりにくさ、火事になったら死ぬわ」と批判的に感じるんじゃないかと思うのですが、こんな風に見ると、なんだか推理小説の古城館迷路みたいな幻想的な雰囲気を覚えたりして……(チョロ過ぎ?)。
そう言えば、この旅の初めに宮田さんは、「アルンハイムの地所」「ランダーの別荘」という迷路的な短編が収録されている「ポオ小説全集4」を持って列車に乗り込むんですよね。迷路的な旅館というのは、単に無節操に増築を繰り返しただけではないかと思っていましたが……素敵に謎めいた古城館(陰鬱に霧が靄っているイメージ)だって、実は同じ理由で迷路になっているものですよね(笑)。
ちなみに、この本の表紙の「不思議の国へ続くような赤い階段」も、なんとイラストではなく写真です(伊豆長岡温泉N荘)。いつか機会があったら歩いてみたいと思いました。
さて、この本を読んで一番感心したのは、実は温泉でも迷路でもなく、おっさん三人旅のやり方。
「何しろ三人とももう四〇過ぎたおっさんであるから、ずっと一緒に旅行するのは気持ち悪い。そこで宿だけ決めて、あとは自由ということになっている」
なるほど、その手があったか! 昼は自分の行きたいところを勝手に歩き、夜はみんなで、その日の感想を語り合いながら飲食&温泉三昧……これはすごく気楽で楽しそう☆ 三人もこのやり方に大満足だったようです。みなさんも試してみてはいかがでしょうか。
日がなゴロゴロ寝て過ごすために迷路のような温泉宿に出かけたい、という方には実践的な旅行ガイド(旅館の実名は書いていないので調べる必要がありますが)になり、そうでない方にとっても新しい旅の楽しみ方を見つけられる面白本だと思います。
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