『ゲノム編集の衝撃―「神の領域」に迫るテクノロジー』2016/7/23
NHK「ゲノム編集」取材班 (著)

遺伝子を自在に設計し、生物を変えるテクノロジー、ゲノム編集。その驚くべき実態を、最前線への取材を基に解き明かしてくれる本で、『NHKクローズアップ現代』を書籍化したものです。生命科学の専門家ではなく、ジャーナリストの方が、専門家へのインタビューなどの取材をもとに書いているので、私たち一般人にとって、分かりやすくまとめられていると思います。ゲノム編集などの技術情報の解説もあり、とても勉強になりました。
まず驚かされたのが、ゲノム編集技術を使って、筋肉量の多いムキムキのマダイ(魚)をつくるという話。筋肉の成長を抑えるタンパク質ミオスタチンを、ゲノム編集技術を使って人工的に破壊し、実際に大きいマダイをつくることが出来たのです。この技術で、将来は「機能性魚(食べておいしく、健康によい魚)」を作っていけるのではないかと研究者は言います。
うーん……これって、「遺伝子組み換え」と同じような危険性があるんじゃ? と危惧してしまいましたが、「ゲノム編集」と「遺伝子組み換え」は違うそうです。
「遺伝子組み換え」は、外から別の遺伝子を組み込むことで、生物の性質を変えることが出来る技術で、動物の遺伝子に植物の遺伝子を組み込むなど、違う生物の遺伝子を入れ込むことができるもの。
それに対して「ゲノム編集」は次のような手順で行われます。まず編集したい遺伝子と結びつく物質を細胞の中に送り込み、目的の遺伝子と結合させます。この送り込んだ物質には、遺伝子を切ることができる「はさみ」の役割を果たす物質も連結させてあり、物質が編集したい遺伝子と結合すると、はさみが働いて遺伝子を切断、切断された遺伝子は壊れるという仕組みなのだそうです。
つまり、ゲノム編集でピンポイントに遺伝子を破壊した生物は、自然界の突然変異とほぼ同じものだとも言えるとか。……なるほど、そうなのかもしれません。
実際に、「ゲノム編集には痕跡が残らない」という性質があるそうです。「遺伝子組み換え」のように、様々な位置に遺伝子を入れ込んでしまう方法であれば、遺伝子のどこかに痕跡が残りますが、ゲノム編集は正確にねらった遺伝子だけを破壊し、時間が経てば「ガイドRNAやキャス9(遺伝子組み換えに使われるもの)」も分解されるので、自然に出来た突然変異だと主張されると反論できないのだとか……これは利点と捉えるべきなのか、欠点ととらえるべきなのか判断に迷ってしまいました(ちょっと怖いような気も……)。
このため研究者の間でも、「ゲノム編集」を「遺伝子組み換え」と同じように厳しいルールを適用して扱うべきだという意見と、そんなに厳格なルールを適用すべきでないという意見に分かれているそうです。
ゲノム編集には、ねらった遺伝子以外を改変してしまう「オフターゲット作用」という問題もあるようなので、「遺伝子組み換え」ほどではなくても、それに準ずるような厳格なルールを適用してほしいと思いますが、活用しだいでは、本当に素晴らしい貢献が期待できそうな技術でもあるなとも思わされました。
例えば医療分野。HIV感染者の治療に使われた例では、血液中の白血球をゲノム編集したことで、免疫力を表す数値が大きく改善、しかも副作用もなかったそうです。また筋ジストロフィーの治療法の開発では、iPS細胞をゲノム編集するという方法が使われたとか……それ以外に有効な治療方法のない難病の治療の場合には、この技術を使ってもいいのでは? と思わされました。
遺伝子を自由に操作する……これって、本当に現実なの?
まるでSFの世界が現実になったみたいで、恐れとわくわくを同時に感じさせられました(汗)。これから研究や産業利用が飛躍的に進んでいくと思われる「ゲノム編集」について、多くの実例をあげて分かりやすく解説してくれて、すごく参考になる本です。ぜひ読んでみて下さい。