『くも』1979/6/10
新宮 晋 (著)

オニグモの習性と時の流れを、空の雲、夜の星を背景に描いた、とても芸術性の高い絵本です。「飛び出す」などの立体的なしかけはありませんが、半透明のトレーシングペーパーが、とても効果的に使われています。
巻末には次の一文があります。
「暑い一日がはじまる。夕方まで、くもは長い長い昼寝をする。」
この本は、夏の間夕方になるとみごとな円網を張り、朝にはたたむオニグモの習性を中心に描いています。
最初のページは青空の中、するすると降りてくる一匹のくも。
次のページは少し黄色味が加わった空の中、さらに下がってくる一匹のくも。
しだいに赤味が強くなっていく夕空に、網を張り始める一匹のくも。
と、いうように太陽が沈んでいくなかで、くもの巣がだんだん出来ていく様子が、ページを追って描かれていくのですが、半透明のトレーシングペーパーを使っているので、少しずつ色が重なって変化していく様子が、すごく素敵で芸術的なのです☆ トレーシングペーパーにはこんな使い方ができるんだなーと、あらためて感心させられました。なお、トレーシングペーパーが使われているのは、夕方と朝方の「空の色が変化する時間帯」だけで、その間の深夜の時間帯は普通の用紙が使われています。
暮れゆく空、夜が深まっていくなかで、一匹のくもが静かに巣を編んでいきます。
……正直に言って、蜘蛛はあまり好きではないのですが、その勤勉さには驚かされます。昨日はなかったはずの場所に、いつの間に、こんなに大きな巣を……と、うんざりしながらも、なんとなく感心してしまいます。この絵本は、そんなくもを、かなりリアルに描きながら、その芸術的な魅力を強く感じさせてくれる素晴らしい本です。
夜が深まり星空の輝くなか、、くもの巣はどんどん大きくなっていき、レースのように精緻に編まれていきます。一匹の蛾がくもの巣に絡まってしまいます。
そして、くもの巣にかかった夜露は、ちいさなビーズのようにきらめきます。夜風が木の葉を散らして、くもの巣も震えます。
夜明けが近づき、くもは巣をたたんでいきます。暗かった夜が、どんどん青く明るくなっていきます。風にのって、くもは空の彼方へ消えていきます……。
眺めているうちに、心が静かに満たされていくような絵本でした。
子供向けの絵本ですが、大人が読んでも心に響くものがあります。ぜひ眺めてみてください。