『犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』2004/4/17
コニー・ウィリス (著), 大森 望 (翻訳)

恐怖の上司(?)レイディ・シュラプネルの命令で、謎の花瓶を探すことになった史学生ネッドが、21世紀と19世紀のあいだを行ったり来たりする、タイムトラベル・ユーモア・ミステリーで、ヒューゴー賞・ローカス賞など多数の賞を受賞している傑作SFです☆
タイトルの『犬は勘定に入れません』を見てピンとくる方もいるかもしれませんが、これは歴史的ユーモア大傑作、ジェローム・K・ジェロームさんの『ボートの三人男』の副題です。本作品は、『ボートの三人男』へのオマージュを捧げたもので、もしもまだ『ボートの三人男』を読んでいない方がいたら、是非とも読んでみてください。19世紀の作品ですが、すっごい大傑作です(笑)。
さて、物語は、オックスフォード大学史学部の学生ネッド・ヘンリーが、第二次大戦中のロンドン大空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂の再建計画の資料集めのために、焼け落ちた直後の大聖堂にタイムトラベルしたところから始まります。細部までこだわって再現しようとする責任者のレイディ・シュラプネルの恐怖の執念で、ネッドは、大聖堂にあったはずの「主教の鳥株」という花瓶を探さなければならないのです。でも20世紀と21世紀の時間旅行で行ったり来たりの毎日で、ネッドの疲労は限界に達していました。
二週間の絶対安静を言い渡されたものの、シュラプネルのいる現代にいては、ゆっくり休めるはずもありません。史学部のダンワージー教授は、ネッドをのんびりできるにちがいない、19世紀のヴィクトリア朝へ派遣することにしました。
ところが時間旅行ぼけでぼんやりしていたせいで、ネッドは、まさか自分が、静養のついでに(?)、時空連続体の存亡を賭けた重要な任務を授かっていたとは、夢にも思っていなかったのです……。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
こうしてネッドは、19世紀に、当時のボート遊びの格好でタイムトラベルし、そこで同僚の史学生ヴェリティと出会います。そして彼女が未来に送り出してしまった猫の、歴史への影響を食い止めるために猫の飼い主のロマンスを画策するなど、あたふたと奔走・奮闘することになります。
ところで19世紀のヴィクトリア朝っていうと、伏し目がちの長いドレスの女性とか、因襲に囚われた堅苦しい道徳観とかで、全体に黒っぽい色彩のイメージ……という偏見を抱いていましたが、コナン・ドイルさんの活躍した時代で、『ボートの三人男』の時代でもあったのですね。なんか急に身近な感じもしたりして(笑)。
ネッドは、駅で出会った大学生のテレンスとともに、ボートでテムズ河を下り(もちろん途中で『ボートの三人男』ともすれ違います)、なにがなんだか分からないままに、正しい目的地に到着し、美人史学生ヴェリティと出会って、失踪した猫(または自分自身)が引き起こしたらしい歴史改ざんを修正しようと奮闘します。
でもネッドもヴェリティも、タイム・トラベルのやり過ぎで時間旅行ぼけでふらふら。何をどう修正したら正しいのかも分からず、また消えた「主教の鳥株」の行方も分からず、右往左往します。その展開がすごくユーモラスで、ニヤニヤしてしまいます。
また一方では、SFらしく、「シュレディンガーの猫」だとか「カオス理論」などの科学用語もたくさん出て来るので、理系の知識があるほど楽しめます。
さらにシェイクスピアやテニスン、『不思議の国のアリス』、さらにはアガサ・クリスティや、ドロシー・セイヤーズなどイギリスの古典文学、古典ミステリーに関するネタも満載で、文系(小説)知識も、あればあるほど楽しめます。
ところでタイムトラベルというと、時空を超える人間が、過去・未来に持ち込むものは、どこまで許されるのかという問題があると思いますが、この小説では、「歴史に影響を残しているか、いないか」というキーワードがあるようです。また時空連続体には、自動防御性が備わっているようで(?)、少しの齟齬なら、他の方法で修正されるようだという仮説も提示されます。もっとも小説内でも仮説にすぎないので、猫などのもたらす影響がどうなるのかは実際のところ不明で、そのために主人公たちは苦労させられるのですが……。
時空を超えた冒険なので、読んでいるうちに頭が混乱してきて、「ああ、そんなことして、また歴史を変えてしまわないの?」とハラハラしてしまいます。時空を超える時に、過去・未来に何も影響を与えないよう完全に持ち去るなんてことは、ミステリーの事件現場になにも遺留しないなんてことが不可能なのと同じで、絶対に出来ないと思います(笑)。
またネッドも、ヴェリティが過去のロマンスを再現させようと奮闘しているのを見ているうちに、もしかしてこれも「さらに未来」の人間の画策ってことはないの?とまで疑ってしまいました(笑)。
それにしても、この小説、「密室」状態から忽然と消えた「主教の鳥株」ミステリー、二組+αのラブ・ロマンス、どたばた+知的ユーモア、時空を駆けるSF……と、一冊の中に「属性盛りすぎだろ!」と激しくツッコミをいれたくなるのですが、素晴らしく見事にまとめられていき、とても楽しませてくれます。暇つぶしに最適な本です(笑)。