『武士道 (PHP文庫)』2005/8/2
新渡戸 稲造 (著), 岬 龍一郎 (翻訳)
1605020064AP01N
新渡戸稲造さんが、文明開化の時代(1899年)に英文で『武士道』を発表し、かつての日本に我が国固有の伝統精神があったことを示した本です。
この本は新渡戸さんがベルギーの著名な法学者の家に滞在していた時に、彼から「日本の学校では宗教教育がない、とおっしゃるのですか」「宗教教育がない!それではあなたがたはどのようにして道徳教育を授けるのですか」と質問され、すぐに答えられなかったことをきっかけとして書かれたそうです。すぐに答えられなかったのは、子どものころに学んだ人の倫たる道徳の教えは、学校で習ったものではなかったから。そして自分の善悪や正義の観念を形成したのは武士道だったことに気づき、自分が教えられた内容を小論としてまとめたそうです。
この本も『五輪書』同様、日本の昔の思想書(自己啓発書?)についても知りたいと思ったのが読むきっかけだったのですが、もともと外国人へ説明するために書かれたもののせいか、昔の思想の解説書としては、現代人の私たちにも分かりやすいと感じました。
この本が書かれた当時の日本は、まさに文明開化の真っ只中。怒涛のように押し寄せる西洋の新しい価値観によって、日本の社会全体がことごとく西洋化していった時代です。どんどん変わっていく姿を見て、新渡戸さんは「日本人とはなにか」を改めて問い直し、失われゆく日本の伝統精神を振り返った時、「武士道」こそが、日本人の精神的支柱であり、それを世界に広く紹介することが日本のためになると考えたそうです。
この本では、武士道には仏教、神道、儒教の影響があることをはじめ、武士道で重んじられる考え方(義―武士道の礎石、勇―勇気と忍耐、仁―慈悲の心、礼―仁・義を型として表す、誠―武士道に二言がない理由、名誉―命以上に大切な価値、忠義―武士は何のために生きるか、克己―自己に克つ、切腹と敵討ち―命をかけた義の実践、刀―武士の魂)について体系的に紹介するだけでなく、日本女性についても「武家の女性に求められた理想」を紹介しています。「武士道」に関しては、他にも『葉隠』や『武道初心集』、『名君家訓』など有名な書物はありますが、現在では、この本がもっとも体系的に解説したものと考えられています。
「武士道」の重要な教えの一つ、「あらゆる艱難辛苦に、忍耐と正しき良心をもって立ち向かい、耐えよ、ということ」という思想は、現代の日本人にも、理想的な武士の心構えとして引き継がれているような気がします。
その一方で、「切腹」することで責任を取るという考え方は、引き継がれて欲しくないとも思いました。「自害する」という行為が望ましくないのはもちろんのことですが、企業で何か問題が発生した場合でも、ただちに辞職するという責任の取り方は、むしろ無責任だと感じるからです。まず行うべきは「問題の解決」なのに、解決させる前に切腹(辞職)されては、素早い解決を行いようがないのではないでしょうか。
それはともかく(汗)、新渡戸さんは、武士道は「独立した道徳体系の掟としては消え去るであろう」と予測しています。ヨーロッパの騎士道は、封建制から離れたのちキリスト教会に引き取られて、新たな余命をあたえられましたが、日本の武士道にはそのような庇護をする大きな宗教がなかったからです。母胎の封建制が崩壊すると、武士道は孤児として残され、自力で生きなければならない……という予測は的中したように思います。
でも新渡戸さんも「だが、その力はこの地上から滅び去るとは思えない」と言っているように、武士道の「義、勇、仁、誠」などの精神は日本人の根底に残っていくだろう(残って欲しい)と思いました。
ところで、現在の私たちは、武士道ではなく道徳を学校で学んでいます。個人的には、日本人の精神としては、聖徳太子の十七条憲法の第一条「和を以て貴しとなす」が昔からずーっと基本にあったのかと考えていたのですが、新渡戸さんの「武士道」では、あまり言及されてなくて意外でした。日本人の道徳観も、やはり時代によって様々に変化していたんですね……。
さて、現在の民主主義の日本には、すでに武士階級もなく、「武士道」がそのまま引き継がれることはなくなったのですが、それが完全に消滅してしまう前に、新渡戸さんによって体系的にまとめてもらえたことは、日本人として本当に良かったと思います。そして、外国人に、「宗教教育がなくても日本には道徳教育があった」ことを体系的な小論文(英文)として説明するという新渡戸さんのこの真摯な姿勢こそが、私たちが学ぶべき大切な日本の精神ではないかのかな、とも感じました。