『あのころはフリードリヒがいた』
ハンス・ペーター・リヒター (著), 上田 真而子 (翻訳), & 1 その他
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ドイツ少年のぼくが、同じアパートに住む友人のユダヤ少年フリードリヒとの関わりを通して、ヒトラー政権下のドイツで、人々がしだいに反ユダヤの嵐にまきこまれていく姿を描いた物語です。著者のリヒターさん本人の実体験をもとにしたこの物語は、戦争がもたらす悲劇を、ひしひしと感じさせてくれます。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
物語は、主人公の「ぼく」が生まれた1925年のドイツから始まります。ぼくが生まれた一週間後に、同じアパートのユダヤ人少年フリードリヒも生まれたのでした。
四歳の頃に、ぼくとフリードリヒは初めて出会って、友達になります。その頃、ドイツは困窮と失業にあふれていて、ぼくのお父さんは失業していましたが、フリードリヒのお父さんは郵便局員(公務員)でした。
ところがドイツでは、しだいにユダヤ人への差別や迫害が起こり始めます。実は、ユダヤ人は、その独自の宗教などのために、長い長い迫害の歴史を持つ民族だったのです。
そして1933年にヒトラーがドイツ帝国首相になると、ユダヤ人排斥運動が急に活発化していきます。共通の敵を持つことで、仲間の不満をそらすだけでなく結束を高めることも出来るという人間の本性を、為政者はしばしば巧みに利用するのです。
最初の頃は、まだ理性のある人々が、それを抑えることができたようです。物語の中でも、1933年に、ドイツ労働党のアパートの家主が、ユダヤ人であることを理由に、フリードリヒの一家を追い出そうと裁判を起こした時に、裁判長はそれを退けました。
それでも周囲の人々は、しだいにユダヤ人へ冷たい態度を公然と示すように変わっていきます。公務員だったフリードリヒのお父さんは、ユダヤ人だという理由で解雇されます。
そしてフリードリヒもユダヤ人学校へと転校させられ、学校を去っていきます。この時に、ノイドルフ先生が教え子の少年たちに語った話は、とても心にしみました。どんな時にも、彼のように、勇気と正義を忘れない人間でいたいものだと思います……。
この物語は、戦争が、普通の人々に及ぼす悲劇的な力を実感させてくれます。
ある日の学校の帰り道、ユダヤ人の店が襲撃された後の状態を目撃した「ぼく」は、「おもしろいものが見られるぞ、きょうは。」という集団についていって、ユダヤ人寮のドアをみんなと力を合わせて押し破ってしまいます。そして……。
……社会への不安や不満が渦巻いている時、人間は容易に凶暴な行動へと駆り立てられるのでしょう。
そして、こんなことがあったからといって、「ぼく」がフリードリヒ一家とは敵対していないどころか、友人であり続けるところも、すごく現実的で、むしろ怖いと思います。
悲しいことが次々と起こっていきますが、「ぼく」も家族も、フリードリヒたちも、この戦争状態の社会状況では、せいいっぱいのことをしたのだと思います。
この物語では、第二次大戦中に起きた悲劇を教えてくれるだけでなく、「ぼく」が実際に見聞きした生活のなかで、ユダヤ人の戒律や宗教、歴史も学ぶことが出来ます。
戦争を知らない平和な日本に生きている私たちだからこそ、このような歴史があったことをきちんと理解し、社会不安や混乱がもたらすものは何かを、自分自身の頭と心でしっかり考えたいと思います。