『獣の奏者 I 闘蛇編』『II 王獣編』『III 探求編』『IV 完結編』『外伝』
上橋 菜穂子 (著)
アンデルセン賞作家賞を受賞した上橋菜穂子さんのファンタジー巨編です。
「リョザ神王国」と呼ばれる異世界の地で、運命に翻弄される少女・エリンを軸に、人と獣の関わりが描かれます。『I 闘蛇編』『II 王獣編』『III 探求編』『IV 完結編』の全4巻と外伝から成り、エリン10歳から19歳までの青春時代を描いた『I 闘蛇編』『II 王獣編』と、30歳になってからのエリンを描く『III 探求編』『IV 完結編』、そしてその間の11年を描く『外伝』という構成になっています。
なお、『I 闘蛇編』『II 王獣編』『III 探求編』『IV 完結編』は、青少年向けの本だと思いますが、大人が読んでも読みごたえのある素晴らしいファンタジーです。そして『外伝』は、エリンの恋愛を描いているので、大人向けという位置づけのようです。
ところで「獣の奏者」というのは、「闘蛇」や「王獣」という強大な生き物を、笛や竪琴で操る者のことを言います。この物語は、過酷な宿命に翻弄され、獣の奏者となる少女、エリンが、戦闘用の獣「闘蛇」や「王獣」とのかかわりを通して、「闘蛇はなぜ、あのようにあり、人はなぜ、このようにあるのだろう」という疑問への答えを、懸命に模索して生きていくさまを描いています。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
『I 闘蛇編』、『II 王獣編』は、エリンの少女時代の物語です。
戦闘用の獣「闘蛇」の獣ノ医術師の母と暮らしていた少女、エリンでしたが、ある日、闘蛇が一度に何頭も死んだことの責任を問われ、母は、闘蛇に食い殺されるという残酷な方法で処刑されてしまいます。孤児となったエリンは、死にかけていたところを、蜂飼いのジョウンに助けられて暮らすうちに、山中で、雛を守るために闘蛇を殺した天翔ける王獣と出合い、その不思議な美しさに魅了され、王獣の医術師になろうと決心します。こうしてカザルム学舎で獣ノ医術を学び始めたエリンは、傷ついた王獣の子リランに出会いました。決して人に馴れない、また馴らしてはいけない聖なる獣・王獣と心を通わせあう術を見いだしてしまったエリンは、やがて王国の命運を左右する戦いに巻き込まれていきます……。
そして11年の歳月が流れ、母となったエリンを描いた『III 探求編』、『IV 完結編』。
トカラ村でまたも「闘蛇」の大量死が起きたことで、大公シュナンの命により、エリンは真相の調査を命じられます。亡き母の日記に謎を見つけたエリンは、ふたたび時代の奔流に巻き込まれていきます。激化していくラーザとの戦の中で、王獣たちを解き放ち、夫と息子と穏やかに暮らしたいと願う、エリンの思いは叶うのでしょうか。王獣が天に舞い、闘蛇が地をおおい、“災い”が、ついにその正体を現すとき、物語は大いなる結末を迎えます……。
この概要だけでも、緻密に構成された壮大な物語だということが分かると思いますが、この物語の真価は、設定の見事さや、大蛇や巨鳥がぶつかり合う戦闘のダイナミックさだけにあるわけではありません。重い宿命を背負った少女エリンの精神的な強さ、人と獣の幸福な関わり合いを目指そうとする暖かい情熱が、憎悪と呪いの渦巻く世界のなかでも、彼女を支え、孤独や悲しみ、幾多の葛藤を乗り越えて、優しく凛々しく貫かれていくという精神面の描写にあるのだと思います。
人は、自分のために獣を操って戦わせていいのか、戦いは何故起こってしまうのか……さまざまな問題を投げかけてくる物語です。
(――解き放てますように……)
長い歴史の流れの中で、もつれてしまった、すべてを。王銃たちを。そして自分たち家族みんなを。
――エリンの真摯な願いは、叶えられるのでしょうか。