『極限大地―地質学者、人跡未踏のグリーンランドをゆく』2022/6/30
ウィリアム・グラスリー (著), 小坂 恵理 (翻訳)

 簡単に足を踏み入れることができないグリーンランドで、30億年に及ぶ地球の成り立ちに迫りつつ、雄大な自然に圧倒された地質学者のグラスリーさんが、5回にわたる調査遠征での体験を綴った貴重な記録。地球科学とネイチャーライティングを合体させて、最高のノンフィクションとたたえられたジョンバロウズ賞受賞作です。
 屋外で野営できる日が一年のうちに数カ月しかない極限大地のグリーンランドに、グラスリーさんたちが何をしに訪れたのかについては、「訳者あとがき」に見事にまとめてあったので、以下に紹介します。
「(前略)大昔のグリーンランドには何と、今日のヒマラヤやアルプスに匹敵する大きな山脈が存在していたというのだ。仮説によれば、プレート同士の相互作用か、あるいは何か別の原因によって、南から移動してきた大陸が北の大陸に衝突した結果、大陸間にあった海が押し上げられて隆起して、大きな山脈ができあがった。しかしそれはあまりにも昔の出来事だったので、風化作用できれいに消失したのだという。にわかには信じがたいが、本書の著者とふたりの相棒は、チームアルファというグループを結成し、謎の解明に果敢に乗り出す。」
 ……ええ! そんな壮大な謎の解明のための科学的調査旅行なんですか! 「第3章 発現」には次のように書いてありました。
「私たち三人は何日もかけて何マイルも踏破しながら、情報の断片を集めた。鉱物の配向、平面の走行、層状貫入岩体の鉱物的特徴を測定したうえで、サンプルを集めてメモを取り、またほとんど知られていない事柄の理解に役立てようとした。肉眼も拡大鏡もコンパスもツールとしては頼りない。複数の要素をつなぎ合わせてストーリーを完成させるためには、ラボでの分析結果を待たなければならない。それでも、現場での観察からは第一印象と多少の真実、さらに洞察のきっかけが得られる。」
 もちろん、これらの調査は氷点下40度にもなる極寒の地で行われていて、その状況がリアルに描写されています。
 場所も時間も曖昧になっていくような白夜、音がまったくない静寂の世界、蜃気楼の美しさ……それなのに、突然現れる蛾やクモや巨大なマルハナバチ、さらにはハヤブサ、なんと蚊の大群まで! (蚊って極寒の地にまでいたんだ……)。フィヨルドの大気の層が生み出す幻想的な音の響き(鳥の声)に驚かされ、凍りつく海の渦に巻き込まれて、九死に一生を得るような経験までしています。
 なかには匂いまで感じさせてくれる描写もありました。
「(岩石をハンマーで砕いたとき、)髪の毛が焦げたような、金属が溶けたような、あるいは砂漠の砂塵のような臭いが、切り取られたばかりの表面から空気中にかすかに漂ってきた。」
 また航空写真で見つけた謎の白い大きなしみを見に行ったら、ごく細かい泥によって形成された広大な干潟だったことを知った時には、泥に指を差し込んでもいます。
「表面を覆うオフホワイトの泥のすぐ下は、有機物で形成された黒くてドロドロの汚泥で、指には光沢のある泥がこびりついた。保護膜のように周囲を守っている泥がかき乱されると、かつて繁殖した植物の残骸が外気に触れて、太古の世界と同じ複雑な臭いがツンと鼻を突いた。」
 これらの描写がとても素晴らしくて、極寒の地がリアルに感じられます。
 そしてこの極限大地での調査の結果、仮説は確かに検証されたようです。「おわりに」には、次のようにありました。
「(前略)ナストキディアンの剪断帯は、大昔にふたつの大陸が衝突してこすれ合ったとき、大きく変形した痕跡であることは間違いない。この断層系は、今日も活発な活動が継続するヒマラヤの断層系とよく似ている。しかもここには、マントルが眠る地下150マイルの深部と地上のあいだを往復した貴重な岩石も含まれる。」
 岩石中のジルコンに含まれるウラン、鉛、トリウム、ヘリウムの濃度を測定すると、岩石の年代を測定できるのだとか。現地の状況や岩石を詳細に分析することで、大昔に実際に大陸衝突が起こったことを明らかにできるなんて……凄いですね……
 科学者たちが、人跡未踏の極限の大地グリーンランドで冒険的な調査旅行をした旅の記録です。いろいろな意味で、とても読み応えがあるので、みなさんもぜひ読んでみてください。
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