『宮沢賢治の地学読本』2020/7/28
宮沢 賢治 (著), 柴山 元彦 (編集)

 現在は文学者として有名な宮沢賢治さんは地学教師でもあったので、幻想的な作品の中には地学的な知識や表現が散りばめられています。この本では、地学的にすぐれた作品を5つ選び出し、詳細な解説とともに全文を掲載しています(地学というよりは「文学」の本かもしれません)。宮沢賢治さんと柴山元彦さんの地学講座シリーズ第3弾です。
 この本で取り上げられている作品と地学のテーマは次の通りです。
『イギリス海岸』地史、地質、化石
『楢ノ木大学士の野宿』火山、鉱物、古生物、化石、地史
『グスコーブドリの伝記』火山、地震、気象
『風野又三郎』気象(大気の大循環)
『土神ときつね』天文と地質

 宮沢賢治さんの作品は好きなのですが、この中で読んだことがあったのは、『グスコーブドリの伝記』だけでした。収録されている作品に未読のものが多いので、その意味でもとても興味深かったです。
『イギリス海岸』は名前だけは知っていて、岩手県の三陸海岸あたりのことかと勝手に想像していたのですが、違っていました。
「それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横切って来る冷たい猿ケ石川の北上川への落合から、少し下流の西岸でした。イギリス海岸には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはずれに居る人は、小指の先よりもっと小さく見えました。(中略)それに実際そこを海岸と呼ぶことは、無法なことではなかったのです。なぜならそこは第三紀と呼ばれる地質時代の終わり頃、たしかにたびたび海の渚だったからでした。」
 ……解説によると、これは現在では「第三紀」ではなく「第四紀更新世」の堆積物だと分かっているそうです。
 この本は上の大部分が宮沢さんの物語、その下に文章内の地学用語などの解説があるという構成になっています。『イギリス海岸』と『楢ノ木大学士の野宿』は、特に地学用語や知識を盛り込んだ描写が満載なので、下の解説なしに読むのは少しキビシイ物語だと感じました。この解説は、とてもありがたかったです。
 また『風野又三郎』は、私が読んだことのある『風の又三郎』と同じものだと思って読み始めたら、内容にかなりの違いがあって驚きました。解説によると、この本に収録されている『風野又三郎』は、『風の又三郎』のプロトタイプと言われているそうで、風野又三郎は不思議な転校生ではなく、まさに風を擬人化した存在で、子どもたちに風の性質や大気大循環を、日常生活に織り込んで話してくれる、ちょっとイタズラな小僧として描かれています。
 その他にも、火山や地震の知識を学べるだけでなく、よい人生(生き方)って何だろうと深く考えさせてくれる『グスコーブドリの伝記』など、読み応えのある作品が掲載されています。
 地学教師でもあった宮沢賢治さんは、小説を読むことで地学などの知識も学べるよう、これらの物語を書いたのでしょう。この本には、イラストを活用した分かりやすい解説があるだけでなく、物語が終わるごとに、そこで取り上げられていた地学のテーマ(大気の大循環など)に関する解説コラムもあるので、地学の勉強にもなります。
 幻想的な宮沢賢治さんの地学の名作が、地学的解説つきで全文掲載されている素敵な本です。ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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