『グラフのウソを見破る技術 マイアミ大学ビジュアル・ジャーナリズム講座』2020/6/4
アルベルト・カイロ (著), 薮井 真澄 (翻訳)

 グラフに潜む意図的な、あるいは意図しない「ウソ」を見破る方法を解説してくれる本で、グラフと統計を正しく理解するために必要な基礎知識も学ぶことができます。内容は次の通りです。
プロローグ 世界はグラフとミスリードにあふれている
序章 毎日、グラフにだまされる私たち
第1章 だまされないためのグラフ・リテラシー入門
第2章 ひどいデザインでだますグラフ
第3章 怪しいデータでだますグラフ
第4章 不適切なデータでだますグラフ
第5章 不確実性を隠してだますグラフ
第6章 誤解を招くパターンでだますグラフ
終章 グラフで自分(と他人)にウソをついてはいけない
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 大学で統計学を学んだ時に驚いたことは、「平均値」は「平均的(標準)モデル」を必ずしも表してはいないということ。例えば「所得の平均値」の場合、少数の大金持ちの所得が平均値を押し上げてしまうので、大多数の人が得ている所得よりもずっと高い値になってしまうそうです。
 このように統計値(数値)ですら人を惑わせてしまうのに、グラフというビジュアルな表現を使うと、人を誤解させることがずっと簡単に行えてしまいます。この本には次のような記述がありました。
「地図グラフや棒グラフのようなありふれた図表さえ、時に紛らわしく、悪くすると得体が知れない。そんなことでは心配だ。数字がそうであるように、人はグラフというと科学や論理を思い浮かべ、信じ切ってしまうからだ。数字とグラフは客観的で厳密な感じがするだけに、うっかり引き込まれるし、説得力もある。政治家やマーケティング担当者、広告会社は、こちらが詳しく調べることはないと決め込んで、数字やグラフを振りかざす。」
 ……確かに(汗)。グラフは数値よりも直感的に分かりやすいだけに、細かい目盛りや基準値などを確認しないまま、そばにかいてある説明を信用してしまいがちです。でも、本来はそのグラフが適切に表記されているかを確認するだけでなく、元となるデータについても適切かどうか(母集団やサンプル数、調査方法など)を確認する必要があるんですよね……。
「グラフはいろいろな方法で嘘をつくことができる。間違ったデータを示したり、不適切な量のデータを盛り込んだり、デザインが悪かったり。それに、たとえきちんと作られたグラフであっても、私たちが深読みしすぎたり、自分の信じたいものだけを見たりすることで、結局は嘘をつくこともある。グラフはまた、質の良いもの悪いものを含めてそこらじゅうにあり、しかも非常に強い説得力を持ちうる。これらが組み合わさると、誤報やデマという最悪の事態につながりかねない。私たちはみな、しっかりとした知識に基づいて、注意深くグラフを読めるようになる必要がある。」
 ……ということで、グラフをきちんと見るときには、基準値、目盛りや大きさの比率、色が何を意味しているか等々、時間をかけて色んな部分を確認しなければいけないそうです。
 グラフを読み解く手順としては、次のようなことが必要なのだとか。
1)タイトル、説明書き、出典を確認
2)計測対象、単位、目盛り、凡例を確認
3)視覚的符号の方法を確認(色が何を意味しているかなど)
4)注記を読む
5)俯瞰してパターン、トレンド、関係性を見つける
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 グラフというのは、数値の傾向を簡単に教えてくれるものだと思っていましたが、誰かを騙すためにも有効な武器になるようです……怖いですね。
 この本では、ウソ(誤解を与えやすい)のグラフの実例(データ自体は正しいこともある)も、多数見ることが出来ます。アメリカのデータの例が多いので、あまり実感がわかないグラフ&データが多いのが少し残念ですが、有名なメディアが公開しているグラフにも、かなり不適切なものがあることに驚かされました。グラフをじっくり読み解くのには、それなりの時間が必要で、かなり面倒くさいとは思いますが……自分にとって重要なグラフについては、少なくとも上記の読み方(基礎となるデータが正しく統計処理されているか、母集団やサンプル数が正しいかの確認も追加して)を心掛けたいと思います。
 感動的だったのが、統計とグラフで公衆衛生を向上させたナイチンゲールさんの話。
「ナイチンゲールとその協力者らは、公衆衛生改革の必要性について、きわめて説得力のある主張を行ったが、それは骨身を惜しまず、エビデンスを軸に長い議論を積み重ねた末のことだった。彼女らは、あくまで論理を通じた説得を試みた。」
「彼女(ナイチンゲール)は戦後、罪悪感にさいなまれた。なぜなら、自分の対応が不十分だったばかりに、自分が担当していた数千人もの兵士が命を落としたことが、データで明らかになったからだ。そして彼女は立ち上がり、自らと同じ過ちによって惨事が繰り返されるのを防ぐことに生涯を捧げた。
エビデンスを前にして自らの考えを改めることは、きわめて誠実で見識のある人々とだけが備える能力だと言える。入手可能な情報を、できるだけ倫理的に使おうと奮闘する人々だ。私たちはみな、彼ら、彼女らを見習うために、最善を尽くさなければならない。」
 ナイチンゲールさんは、多数の兵士の死亡原因が劣悪な衛生状態にあることを調査でつきとめたのですが、それが明らかになる前に多数の兵士を失ってしまったことに心を痛めていたようです。彼女たちが調査する前までは誰も知らなかったことだったし、調査結果が出された後でさえ根強い反対意見が出されたぐらいなので、無理もなかったのだと思いますが、それを重く受け止めて、自分と同じ過ちが繰り返されないよう全力を尽くされたんですね。私も、そのような態度を心掛けたいと思います。
 この本をじっくり読むと、グラフに騙されない「グラフのウソを見破る力」が養えるとともに、自分のグラフで誰かをうっかり騙してしまうことがないようにするための「適切なグラフを作る力」も向上させられるのではないかと感じました。グラフに関わる仕事をしている方は、ぜひ一度、読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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