『生物はウイルスが進化させた 巨大ウイルスが語る新たな生命像 (ブルーバックス)』2017/4/19
武村 政春 (著)

 ヒトや細菌とは遺伝的系統を異にするウイルスが、私たちの共通祖先に感染し、生物の発展・繁栄に不可欠なDNAや細胞核をもたらしたのかもしれない、という可能性について考察している本で、内容は次の通りです。
はじめに 巨大ウイルスが問いかける「謎」
第1章 巨大ウイルスのファミリーヒストリー
――彼らはどこから来たのか
第2章 巨大ウイルスが作る「根城」
――彼らは細胞の中で何をしているのか
第3章 不完全なウイルスたち
――生物から遠ざかるのか、近づくのか
第4章 ゆらぐ生命観
――ウイルスが私たちを生み出し、進化させてきた!?
   *
「第3章 不完全なウイルスたち」までは、巨大ウイルスなど、ウイルスに関する最新知識の解説が中心で、へえー、ウイルスって、そういうものだったんだー。どんどん複製するのに、「生物」ではないのがすごく不思議だったけど、生物とはいろんな違いがあったんだなーと、すごく勉強になりました。その一例をあげると、次のような感じです。
「抗生物質とは、その名のとおり「生物」である細菌やカビなどにのみ有効なのであって、ウイルスは生物ではないため、効かないのだ。だからたいていの場合、ウイルス性の風邪への対処は、主として対症療法となる。」
「ウイルスの基本的な生活環は、細胞表面への「吸着」、細胞内への「侵入」、核酸を放出する「脱殻」、DNAやタンパク質を作り上げる「合成」、粒子をふたたび作り出す「成熟」、そして細胞外への「放出」という6つのステップから成る」
「多くのDNAウイルスは、宿主の細胞内に、その複製を専門に行う「ウイルス工場」を作る」
「ウイルスはリボソームなしでもやっていけている。(中略)ウイルスたちは、自らのリボソームをもたない代わりに、細胞性生物の身中に巧みに潜り込むしくみを手にいれ、さらにそのリボソームを利用して、自らに必要なタンパク質を作り出すしくみを手に入れた。そのしくみこそ、私たち宿主の側から見れば、「感染」という現象として具現化しているものである。」
 ……そして、「第4章 ゆらぐ生命観」からは、「ウイルスが私たちを生み出し、進化させてきた」という仮説についての考察が始まるのですが、第3章までの話が、この仮説のための伏線になっているので、自然に「なるほど、そうかもしれないなー」と思わされてしまいました(笑)。
 この章の終わり近くに、「まとめ」のような感じで、「ウイルスに関するこれまでの常識的な考え方や状況」と、「巨大ウイルスの登場によって変化し得る(変化してきた)考え方や状況」が箇条書きで書いてあったので、最後にそれを紹介させていただきます。
●ウイルスに関するこれまでの常識的な考え方や状況
1)ウイルスは電子顕微鏡でなければ見えず、ゲノムサイズは生物よりも小さい
2)ウイルスには翻訳システムが存在しない
3)DNAはRNAから進化したが、そのメカニズムは不明である
4)ウイルスの本体はウイルス粒子であり、細胞性生物の力を借りて増殖する
5)ウイルスは、細胞性生物から派生するようにして生じた
6)細胞性生物にとって、ウイルスは遺伝子の水平移動など進化に重要な役割をはたしてきた、進化上のパートナーである。
●巨大ウイルスの登場によって変化し得る(変化してきた)考え方や状況
1)巨大ウイルスは光学顕微鏡でも見え、ゲノムサイズが一部の生物より大きいものもある
2)巨大ウイルスには、翻訳システムの一部が存在する
3)DNAはRNAから進化したが、その場は「ヴァイロセル」であった。(注:ヴァイロセルとは、ウイルス粒子を大量に生産する状態になった細胞)
4)ウイルスの本体は「ヴァイロセル」である。ウイルス粒子は、ヴァイロセルが増殖するための「生殖細胞」にすぎない。
5)細胞性生物は、ウイルスの一部から生じた
6)ウイルスにとって、細胞性生物は「ヴァイロセル」の増殖のための、そしてつねにその進化の場として利用してきた「土台」である。
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 特に興味深く感じたのが、「ヴァイロセル」という考え方。ウイルス本体は、通常「ウイルス粒子」だと考えられていると思いますが、ウイルス本体は、実は「ウイルス粒子を作るもの(ウイルス粒子に感染した細胞=ヴァイロセル」の方ではないかという考え方なのです(ウイルス粒子の方は精子のような存在とみなされる)。……この考え方だと、ウイルスが、ますます生物に近い存在に感じられました。
 ミトコンドリアと葉緑体が細胞に取り込まれたように、ウイルス(ウイルス工場)もまた細胞に取り込まれて、生物を進化させてきたのかもしれません……とても興味深くて、ウイルスに関する基礎知識も学べる本でした。生物に興味のある方は、ぜひ読んでみてださい。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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