『乙女なげやり』2008/8/28単行本
三浦 しをん (著)

熱愛する漫画の世界に耽溺し、ツボをはずさぬ映画を観ては、気の合う友と妄想世界を語り合う三浦さんの痛快ヘタレ日常エッセイ集です☆
『乙女なげやり』というタイトルは、担当編集のかたが章タイトルとして考えてくださったものを「あ、それいいッスね。それを全体のタイトルにしましょう!」と分捕ったものだそうです(笑)。その後、「はたして、ひとはいつまで「乙女」を自称しても許されるものなのか」と思い悩んだようですが、「早乙女」という苗字の人は五十歳になっても早乙女さんのままなのだから、「乙女」はいくつになっても自称していいものなんだ、という結論に至っています……うーん、説得力があるようなないような……それでいいのか? そして『乙女なげやり』というよりも、内なる「乙女性」を槍投げのように思いっきりブン投げて捨てていないか?
いろいろ心配になる部分はありますが、この本のおかげで心が癒されるだけでなく、腹筋がだいぶ鍛えられてしまったので、『乙女なげやり』だろうと『乙女槍投げ』だろうと、健康に良いことは間違いないと思われます。いや……健康に良いと思うのも妄想なのか? というのも歯が痛んでいる時に、三浦さんは次のように考えてしまう人なのです。
「昨日さあ、テレビでやっていた『マトリックス』を見たんだけど、この世界は現実じゃないんだよね。痛いと思ってもそれは痛いと思っているだけで、実は全然痛くなんかないんだ。ピストルで撃たれたってへっちゃらへっちゃら。撃たれたと思うから撃たれただけで、私たちのホントの肉体は、なんかヘンテコリンなカプセルに入れられて、機械に管理されてんの。そんで最後は電池になっちゃうの。(後略)」
……歯が痛いのを誤魔化すためだけでも、こんな風に妄想系思考回路が全開です(笑)。
この本には、こういう面白エッセイだけでなく、各章の最後に「なげやり人生相談」が設けられていて、三浦センセイがいろんな悩みに答えてくれています。といっても、この悩み、「悩みが寄せられるのを待つ」のが面倒だから、悩みを含めて「自作自演」なのだそうですが(笑)。「なげやり人生相談」には、冒頭に「うぃー」とか「ちー」とかいう文字がつけられていて、「ちー」には小さく(「やる気のない運動部」的、なげやりな挨拶)と解説してありました……こういう小技にまで爆笑させられる、本当に困った本です(涙……笑いすぎて)。
しかしこの本、うら若き女性たちの会話がたくさん載っているのですが、これが本音炸裂で、面白いのなんの。エッセイの中で三浦さんは次のように言っています。
「なにかに映さぬかぎり自分の顔を見ることができないように、テープを仕掛けて盗み聞きでもしないかぎり、「異性の存在をまったく考慮にいれずに会話する女同士」の実態を、男性は知ることが出来ない。もちろん、逆もまた同じで、「異性の存在を(中略)男同士」の実態を、女性は知ることが出来ない。(中略)私は知りたいんだ! 部屋にだらだらと集って、テレビ見たりゲームしたりしながら、男の人たちがいったいどんな会話をするのかということを! どんなしゃべりかたで、相手とどんなふうに距離感をとっているのかということを!」
……この本を読むと、少なくとも「異性の存在を(中略)女同士」の実態の方は、垣間見ることが出来たような気になってしまいます。うーん、やっぱり「乙女性を槍投げ」にしていませんか? 不安になるほど面白いエッセイ集でした。お勧めです☆
なお、このエッセイ集は、『夢のような幸福』、『乙女なげやり』、『桃色トワイライト』、『悶絶スパイラル』の四冊がシリーズになっていて、文庫本の表紙の絵の人数で何冊目かが分かるという粋な仕掛けになっています。
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