『ガラパゴスの箱舟』1995/10
カート ヴォネガット (著), Kurt Vonnegut (原著), 浅倉 久志 (翻訳)

「ダーウィンの進化論」と「ノアの箱舟」をベースにした知的ユーモアSFです☆
1986年、世界的な経済恐慌と戦争と疫病に見舞われた人類は、滅亡の危機に瀕していました。折りしもエクアドル崩壊の直前、ガラパゴス諸島遊覧の客船バイア・デ・ダーウィン号が、何人かの男女を乗せて海へ漂い出ます。船長、女教師、結婚詐欺師、盲目の娘、インディオの少女たち……ダーウィンの進化論で知られるガラパゴス諸島に漂着した彼らとその子孫たちは、百万年を経て、しだいに新たな進化(?)を遂げていきますが……。というストーリーで、この物語の「現在」は、なんと百万年後! 百万年前に起こった新しい「ノアの箱舟」的出来事に始まる、新たな人類進化の歴史が、レポートされていきます。人類は、この新しい箱舟(ガラパゴス諸島遊覧客船)を残して絶滅してしまうのです。
箱舟といっても、聖書に出て来る箱舟とは違って、彼らには絶滅への危機感もなく、ほとんど「たまたま(または運命的に)この船に乗った」だけ。もちろん、すべての生き物が集められているわけもなく、箱舟の船長には使命感があるどころか、どちらかというと無能な人で……という設定は、「進化は偶然に支配されている(非ダーウィン的進化論)」ことを感じさせますが、島に漂着した彼らが、百万年の間に島の環境や食べ物による適応進化をしていくさまは、ダーウィン的進化を思わせます。というより、この物語は、百万年後の『ダーウィン進化論』のようなもので、人間をフィンチやゾウガメの位置に置いた進化のレポートっぽい側面を持っているのです(笑)。
まもなく死ぬ人の名前の頭には「*」がついている、という不思議な記述方法は、分かりやすさを考慮した科学研究レポートだからなのでしょうか? こういう名前の記述は初めて見たけど……ちょっと困惑してしまいます(笑)。実験動物としての人間の「死」を、淡々と表現しているような……徹底的に茶化しているような……微妙な感じです(笑)。
全体的に皮肉な笑いに満ちていて、心の底から楽しくて笑うというよりは、困惑しつつも思わずクスっと失笑してしまう感じでしょうか。
人類がほとんど絶滅するのは、自業自得の面があるのですが、その主要な原因は、「肥大化した脳」にあるようです。巨大脳は無駄に進化しすぎたので、退屈しのぎにいろんなことを考えだし、不要なものまで生産し、ボケてしまっても長生きし、使いきれなくてもお金を貯め続けるなど異常行動に走るようになった、など多数の皮肉な教訓を読み取ることが出来るのですが……笑いながら、本当に、あれこれ考えさせられてしまうので……最後には、なんかもう「どうでもいいや! とにかく笑っちゃえ☆」という気になってしまいました(汗)。(だって、百万年前の古代人の我々は、巨大脳のおかげで無駄にパズルとか楽しめるんだもの……やっぱり大事じゃんか!)
百万年後という一見荒唐無稽な時間設定になっているのは、「進化」を語る単位時間的としては適当だったからなんだろうなあ……。
「進化論」をベースにした知的SFとは言っても、実際には、アホな人間たちの行動観察が大半で、箱舟もなかなか出航せず、「いつになったらガラパゴスになるんだよ!」と内心じりじりしつつも、アホらしさに思わず笑ってしまうというのをくり返していくという趣向のユーモア小説ですので、安心して楽しめます(笑)。
そして、その中に「天国(楽園)追放のリンゴ(を暗喩しているらしい万能翻訳機)」やら「処女懐胎」などの宗教的モチーフや、「さまよえるオランダ人」などの伝承・民話的モチーフが巧みに散りばめられているので、知識があるほど楽しめる物語だと思います(毒もありますが)。
巨大脳の飽くなき知的好奇心に、ちょっと変わった餌をあげたくなっている方には、お勧めのSFです☆ (ただし、この餌には、かなりクセがあるのでご注意ください。ちょっと食べてみて、食あたりしそうなら、すぐに吐き出しましょう(笑))