『「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学』2016/10/28
ジョナサン ウルフ (著), Jonathan Wolff (原著), 大澤 津 (翻訳),

動物実験、ギャンブル、ドラッグ、安全性、犯罪と刑罰、健康、障碍、自由市場……「正しい政策」を決めるのが困難な課題は、数多くあります。この本は、これらの政策課題に哲学はどう答えるのか、哲学と政策の問いをつなぐ方法について論じています。
動物実験のことを考えても、それが歴史的に私たちにもたらしてきた価値(生化学的進歩をもたらしてくれた)という側面だけでなく、そもそも動物実験が倫理的に許されるものなのか?という側面についても考える必要があるでしょう。
また、ドラッグのような、「当然禁止すべき」と思えるようなものでも、その中のいくつかは、「アルコールやタバコ」よりも害が少ない場合もあるのです。でも、禁酒法があった時代に何が起こったかを考えると、一部のドラッグより危険だからといって、アルコールをただちに禁止することは、むしろ社会的害をもたらすのではないかと予想できるので、アルコールなど社会的に広く受け入れられてしまっている害悪には目をつぶる一方で、まだ社会的に広く受け入れられているわけではないドラッグについては、害悪が広まる前に禁止しておくという態度が、現実的なのかもしれません。ウルフさんも「われわれは現在いる地点から出発せねばならない。」と言っています。
さて、この本では政策に哲学をどう生かせるかが語られていますが、意外にも理想論だけではありませんでした。伝統的な哲学は、正義の理論や共通善の説明を作り上げ、政策の問いを考えてきたことが多かったのですが、ここでは、現実世界で直面する政策課題から出発して、現実世界に役に立つ哲学を目指しているようです。
そして「「正しい政策」がないならどうすべきか」については、「政策的問題に関する事実を検証した上で、含まれている道徳的価値と社会的利益の分析を行い、どのように対立が起きているのかに関する徹底した理解の下で、さまざまな立場の人にとって受け入れ可能な立場を探るというアプローチ」を行うべきだと言っています。
……このように短くまとめると、なんだか簡単な道筋のように聞こえなくもありませんが、現実には、そもそも最初の「事実の検証」からして簡単ではありません。なにしろ「最新の知見などというものは存在しない」のですから。
それでも「現状の把握」、「道徳的価値と社会的利益の分析」を行った上で、現時点で対立している立場の人々の意見を聞き、「哲学的に考えぬいて」判断すべきなのでしょう。なにしろ哲学者は、「議論から個人的要素を抜きにし、それらを口にした人の権威によってではなく、それらの利点によって考察する方法を知っている」し、「区別すること」、「何がなにから導かれるのかを考えだすこと」、「厄介な質問をすること」が得意なのですから。
……長い文章をひたすら読まされる本でした(汗)。哲学者の書いた本にしては、分かりやすく書かれた本なのかもしれませんが、「動物実験」、「ギャンブル」、「ドラッグ」、「安全性」などの困難な課題に関する考察部分については、その利点と欠点を箇条書きで並べるとか、マトリックスにして検討するとか、もっと整理できなかったのか?と感じてもしまいました。経営的判断を求める場合の説明資料なみの分かりやすさが、政策判断を求める場合にも必要なのではないでしょうか? もっとも公共政策の場合には、私企業の経営判断より、ずっと影響力も大きく、しかも長続きしてしまうので、利点や欠点を箇条書きにしたとしても、膨大なものや錯綜したものになってしまうのかもしれませんが……。
さて、「公共政策の場における討議は、少なくとも三つの点で、抽象的な道徳論議とは異なる」のだそうです。第一に「何であれ政策が求められる」こと。第二に「現状維持を有利にするバイアスが不可避的に存在する」こと。第三に、「ある道徳的見解が正しいあるいは説得的であるかどうかは、それが広く共有されているか、多くの人々がそれに我慢できるという意味で、少なくとも広く受容されているかどうかという問題に比べれば、二の次である」こと、だとか。
新しい技術とともに新しい課題がどんどん発生しています。そして課題の背景に「新しい技術」が含まれている場合、「過去の事例」をもとに経験的に判断することはできません。が、とにかく「何らかの政策を作らなければならない」こともまた確かです。
こういう場合、最初から未来への影響すべてを見越した「正しい政策」を作ることは、ほぼ不可能でしょう。それでも「現状把握・分析」と「多様な立場からの検討」+「哲学的検討」によって「最善(または最も害が少ない)政策」を暫定的に作ることは不可能ではないと思います。その上で、問題が発生したら、ただちにそれを踏まえた「現状把握・分析」を行った上で、同じ手順を経て「最善の政策」へと改訂していく態度が、現実的なのではないでしょうか。
答えがだせないほどの難しい問題を考える時には、「哲学的に考える」ことの有効性を再確認させてくれる本でした。ぜひ読んでみてください☆