『優雅に叱責する自転車』2000/12/1
エドワード ゴーリー (著), Edward Gorey (原著), 柴田 元幸 (翻訳)

針金細工のような自転車に乗った二人が、妙な旅に出るナンセンス絵本です。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
とにかく全体的にミョーな絵本。
「火曜日の翌日で水曜日の前日」という、すきまの1日。兄妹?ゲンカをしていた二人の前に、誰も乗っていない変な自転車が転がり出てきます。ペダルもチェーンもブレーキもついてない針金細工のような、どことなく古風な形の自転車。二人はそれに乗って旅にでかけ、危うく木に激突しかけて大きな鳥になにか呟かれたり(あれやこれやにご用心)、何も生えていないカブ畑を通ったり、物凄い嵐がやってきて、それが去ると14足の靴やまだら毛皮のチョッキをなくしたり(でも、そもそも着ていませんでしたが?)、ワニに出くわしたり……、いろいろあって、最後に家に戻ると……という内容の絵本。
ナンセンスな時空の旅……なんですかね、やっぱり。
そして「優雅に叱責する」というのは、翻訳者の柴田さんですら知らなかった単語(廃語)で、辞書によるとそういう意味らしいのですが……きっとたいていのアメリカ人も知らない単語なのでしょう。でもこの絵本の中で、教訓(叱責)らしき言葉を口にするのは、大きな鳥だけのようだし、裏表紙を見ると、その大きな鳥、ちゃっかり彼らの14足の靴とまだら毛皮のチョッキを、せしめちゃっているみたいなんですが……?
いやいや、よく見ると、この自転車、最後に一言(Indeed! いやはや)と呟いていました。そして、ばらばらに……この辺が「優雅な叱責(廃語)」の由縁なんでしょうか。
でも、そんな考察すべてに意味がないのかも。だってプロローグの後、第1章、第2章とあって、第4章の後ろがいきなり第11章。その後も第22章の終わりまで、あるのは9つの章だけという訳の分からない構成になっているのだから。(時空の歪み?)
この本の「飛んでいる」章の間の部分に、自分で絵本の物語を勝手に追加してみるのも面白いかも。二人の旅(人生?)がより充実するように……。
いろんな妄想をふくらませることが出来る謎のナンセンス絵本です。欲を言うと、もうちょっと主人公の二人が可愛いと良かったなー……。もっとも何度も眺めていると、だんだんと可愛く見えるようにもなってくるけどね。