『うろんな客』2000/11/1
エドワード ゴーリー (著), Edward Gorey (原著), 柴田 元幸 (翻訳)

風の強いとある冬の晩、大きなお屋敷の玄関のベルが鳴りました。ところが家族が出てみても、誰もいません。ふと振り向くと、壷の上に妙な生き物(カギ鼻頭にふくれたお腹で、首にマフラーを巻いている短足なやつ)が立っています……。
たぶんゴーリーさんの絵本の中で一番人気があるこの本は、こんな不思議な始まり方をします。絵本ですが、子供向けというよりは、子育て経験のある、ちょっとくたびれ気味の大人の方向けだと思います(笑)。
というのも、この妙な生き物(うろんな客)は、急に走り出したかと思うと、壁に向かって鼻を押しあて、ただ黙って立つばかりだったり、何にむかっ腹をたてたのか、家中のタオルを隠したり、などのさまざまな奇行をして、貴族っぽい家族を困らせるからです(遠巻きで、しかめっ面をしています)。
これを読んだ時、すぐに頭に浮かんだのは、子供の頃、家に親戚の子が訪ねてきた時に、その子がいつの間にか、階段近くの物入れの隅に、へばりつくように入っていたことで、何度出しても、いつの間にかまた入っていたという、とても困惑させられた出来事でした……。
この絵本は、そういうちょっと情けない不思議な出来事を次々に見せて(思い出させて)くれるようで、読んでいて、思わず「ニヤリ」としないではいられません(もちろん、苦笑いまじりですが……)。ゴーリーさんには、ものごとの「本質」を捉える力があるようです……。
この本のオリジナルはもちろん英語版なのですが、日本語版の柴田元幸さんの短歌調の翻訳が見事なので、ぜひ日本語版で読んでみてください(英語の原文も、ちゃんと書いてあります)。
なお、巻末の柴田さんの「<うろんな客>とはだれか ゴーリーとルーリー」というタイトルの文章中で、柴田さんがゴーリーさんの原文を散文調に訳したものも紹介されていて、こちらの方がより原文の意味に近い翻訳なのですが、ゴーリーさんのシュールななかにも、ちょっとトボけた感じが潜んでいるイラストには、同じようにシュールな(……失礼)短歌調の方がマッチしている感じがして、翻訳の持つ力について考えさせられました。