『最古の文字なのか? 氷河期の洞窟に残された32の記号の謎を解く』2016/11/10
ジェネビーブ ボン・ペッツィンガー (著), Genevieve von Petzinger (原著), & 1 その他

私たちはいつ言語を獲得し、文字を使い始めたのか? 4万年前の氷河期に残された壁画の数々。そこには牛や馬の絵とともに不思議な記号が残されていた……。カナダ人女性科学者が自ら52箇所の洞窟に潜って記号を採取し、謎を解き明かそうとする本です。
ところで洞窟画というと、動物などの具象模様に関する話はよく見かけますが、抽象的な記号についてはあまり聞いたことがなかったように思います。実は抽象的記号については、広範囲な調査は行われてこなかったそうで、この分野に本格的に取り組んだのは、彼女が初めてのようです。
そしてヨーロッパ全体368箇所の洞窟に残された記号を、世界で初めてデータベース化したところ、記号はわずか32個に収斂されたそうです。これにはどんな意味があるのか? もしかして、最古の文字なのか?
すごくわくわくさせられましたが、研究対象が4万年も前の幾何学模様なので、それが「文字」だと断言できる証拠を揃えることは不可能と思われ、この本で謎が解き明かされることは、やっぱりありませんでした(汗)。
でも、自ら現地で調査する様子を紀行文のように詳しく描写してくれるので、小さな模様を求めて暗い洞窟を這いまわったり、美しい大自然に囲まれた岩壁画に刻まれた模様に見入ったりするさまに、ちょっとした(知的な)冒険気分を味わえるだけでなく、そこに刻まれた文字を体系的に調べ上げようとする姿勢に、研究者の仕事の仕方を知ることが出来、さらに古代の人々の生活や文字に関する歴史的な知識も得ることが出来るので、特に考古学や歴史を研究しようとする学生の方には、すごく興味深い内容だと思います。
個人的にすごく興味がわいたのは、「一万六千年前の女性の首飾りに残された記号群」で、フランスのドルドーニュ地方で若い女性の副葬品として見つかったシカの歯の首飾り。この歯には幾何学記号の組み合わせが刻まれており、周辺の洞窟の記号パターンに一致していたそうです。図形は記数法もしくは物語を記憶する手段に使われたのかもしれない、とペッツィンガーさんは推測していますが、私も同じように感じました。
この本を読むまでは、古代の首飾りに模様が刻まれていても、ただの装飾としか思わなかったのですが、もしかしたら……古代のコードブックだったのかも。首飾りとして常に身につけておけば、模様の形を忘れずにすみますし、何かの意味をもった印をつけるために使っていたのかも……そんな想像をして心が躍りました。古代のことで理解しにくいものは、「何らかの呪術的目的に使われていた」と想像しがちですが、個人的には、もっと現実的な必要性に基づいて使われていたことが多いのではないかと想像しています。例えば「狩りに成功しやすい場所・時期を記憶する・教える」とか、「自分の住居として示すために印をつける」とか、「洞窟の中で利用できる場所への道筋を示す」とか、「地図として使う」とか……。
とても興味深い内容の本でした。私たち日本人は、「表意文字」を使っているので、これらの抽象的記号を「文字」として捉えることに違和感はありませんでしたが、著者のペッツィンガーさんは、簡単にそう結論づけてはいません。多くの側面からこの問題を慎重に考察していく研究者的な態度にも、好感が持てました。今後はこのデータベースを世界の遺跡に広げていく予定だそうです。彼女のこれからの活動にも期待したいと思います。