『デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語』2016/9/24
ナサニエル・ポッパー (著), 土方 奈美 (翻訳)

2009年から2014年にかけてのビットコイン揺籃期からの狂騒を、NYタイムズ記者のポッパーさんが、世界中のビットコイン関係者に直接取材したルポルタージュです。さまざまな異端児たちが主役を演じた初期から、フィンテックの中核をなす技術として産業化されていくまでの様子が克明に記されているだけでなく、ビットコインのしくみ、ブロックチェーンの進化についても解説されているので、ビットコインに興味のある方にとっては、すごく参考になると思います。
さて、わずか数年で数千億円規模の産業へと急成長を遂げたビットコインですが、その始まりは、「サトシ・ナカモト」が書いたといわれる10ページに満たない地味な学術論文でした。この本は、ビットコインの始まりからの出来事を丹念に描き出していきます。
サトシは当初から、昔ながらの金のデジタル版を構想していたようです。誰もが保有できて、どこでも使える、新しいタイプの普遍的通貨。常に希少性を持つように設計されていて、発行量には上限があり2100万BTCを超えることはなく、偽造が難しい。しかも金と違って、ロンドンからニューヨークにビットコインを運ぶのに船は不要で、秘密鍵とマウスがあればいいのです。
とはいってもビットコインは、初めから受け入れられていたわけではありません。サトシの地味な学術論文的メールは、メンバーから懐疑的な反応を受けました。そこでメンバーの一人、ハル・フィニーさんが、サトシにシステムのコードを実際に少し書いてみてはどうかと勧めたそうです。そしてサトシは実際に動く小さなシステムを作りました。
この後サトシは謎の存在のまま、2011年に、ユーザーがアップデートや改良のできるオープンソース・ソフトウェアを残して姿を消してしまいました。2016年時点では、ソースコードでサトシが書いたままのものは、わずか15%だそうです。それでもビットコインは、サトシなしでもちゃんと機能しています。……オープンソースの凄さはここにあるのだと思います。実際に「サトシが参加できなくなったら、ビットコインはどうなるのか?」という疑問が出されたこともあったそうですが、サトシからの返答がなかったので、ビットコインの中核メンバーの一人が、「ソースコードさえオープンでありつづければ、それで十分じゃないか。何かが必要になり、それへの関心が集まれば、コミュニティが対応するさ。コミュニティを信頼しよう」と答えたのだとか。
この本を読むと、ビットコインの揺籃期は、技術的な能力も高く、政府やウォール街に戦いを挑もうとした理想主義者たちの善意が支えていたことがよく分かります。開発当初はいくつかの問題もあったのですが、システムの脆弱性につけこむ人はなく、問題は直接サトシたち中核メンバーに伝えられました(もっともビットコイン・システムには、悪用を抑止する仕組みがきちんと内在させてもありましたが)。
初期のメンバーの努力によって、しだいに多くの人がビットコインに関わるようになってくると、技術的、経営的、あるいは倫理的に問題のある人々が参加するようになり、ハッカー攻撃によるビットコイン取引所マウントゴックス破綻事件(一夜にして数百億円が「蒸発」)や、小規模取引所ビトマットの秘密鍵ファイル誤消去事件などが発生しましたが、これはそれぞれの取引所自身の問題によるもので、ビットコイン・プロトコル自体に問題があったわけではないことが明らかになり、ビットコインの取引は現在(2017年2月)でも続けられています。
なおブロックチェーンの分析の結果、サトシの獲得したコインは100万BTCを超えていたのですが、サトシは採掘したコインをこれまで一つも使ったことがなかったことが判明したそうで、「サトシはビットコイン・システムを創るにあたり、どこまでも無私無欲であったようだ」と書かれていましたが……無私無欲なのは素晴らしいことですが、通貨というのは「流通する」ことに意義があるはずで、本来は使う(流通させる)べきではなかったのかな、とも感じました。もっとも謎多き「サトシ」のニセモノが現れた時には、この埋もれたビットコインの存在が、彼の「本人確認」に使えそうな気もします。
ところでビットコインに対する日本人の反応は、他の国の人々が「おもしろい」とか「ばかげている」というのとは違って、「怖い」というものだったそうです(私自身の反応もそうでした)。「秩序を重んじる日本人は、公的通貨に反旗を翻るビットコインのような試みをことさら疑う」と書いてありましたが、日本人が「秩序を重んじる」からというよりは、日本人には「円」への信頼感が強いので、ビットコインを利用する必要性があまりないからではないでしょうか。美しくて腐食しにくい本物の「金」と違って、デジタル・ゴールドのビットコインはその価値を目で確かめることも出来ませんし……。
また、ビットコインが犯罪に悪用されかねないことにも懸念があります。遠隔操作で送金でき、しかもいったん成立した取引を撤回できないというビットコインの特性を悪用して、実際に、誘拐犯が身代金の要求にビットコインを使う例も増えてきているそうです。
それでも「海外への送金が速くて安い」などさまざまな利点もあるし、ビットコイン・プロトコルという仕組みがかなり洗練されたものだということも知っているので、一時的使用ならしてもいいかな、と考えるほどになりました(汗)。
しかもビットコインには、ハイパーインフレに悩むアルゼンチンのような国の人々が、自分の資産を守るために利用できるという側面もあるので、そういう人々を支援するという意味でも、ビットコインを受け入れるべきなのかもしれないと感じます。
ビットコインについて、その揺籃期から最近にいたるまでの動きをじっくり眺めることができる本です。巻末に「技術に関する補足」もあるので、ビットコインの仕組みの概要を知ることも出来ます(が、あまり詳しくはないので、ビットコインの仕組み自体を知りたい場合は、他の解説書を読んだ方が良いとは思いますが……)。とても興味深い内容なので、ビットコインの今後の応用について考えたい専門家の方や、ネットビジネスをしている方は、ぜひ一度読んでみてください。